足りることを知る

主日CS合同礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌2番
讃美歌11番
讃美歌528番

《聖書箇所》

旧約聖書:コヘレトの言葉 5章14節 (旧約聖書1,040ページ)

5:14 人は、裸で母の胎を出たように、裸で帰る。来た時の姿で、行くのだ。労苦の結果を何ひとつ持って行くわけではない。

新約聖書:テモテへの手紙 一 6章6-10節 (新約聖書389ページ)

6:6 もっとも、信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です。
6:7 なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。
6:8 食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべきです。
6:9 金持ちになろうとする者は、誘惑、罠、無分別で有害なさまざまの欲望に陥ります。その欲望が、人を滅亡と破滅に陥れます。
6:10 金銭の欲は、すべての悪の根です。金銭を追い求めるうちに信仰から迷い出て、さまざまのひどい苦しみで突き刺された者もいます。

《説教》『足りることを知る』

今日は教会学校との合同礼拝です。そこで、教会学校テキストの聖書箇所テモテへの手紙第一からお話をさせて頂きたいと思います。

新約聖書の中でも、テモテへの手紙第一と第二、そしてテトスへの手紙の三つのパウロの手紙は『牧会書簡』と呼ばれ、パウロ生涯の最も末期に書かれた手紙です。パウロは、囚われてローマに送られ牢に入れられていましたが、しばらく釈放され軟禁状態であった西暦64~65年頃に、マケドニヤ地方からエフェソ教会にいた弟弟子というべきテモテに書き送られた手紙です。現在はトルコ共和国のエフェソは当時ローマ帝国アジア州の首都で大変繫栄していました。そのエフェソ教会は使徒パウロが3年ほども滞在して熱心に伝道して立ち上げた教会でした。しかし、パウロが、伝道でコリント教会などに移動すると、以前からパウロがエフェソ教会の長老たちに警告していたように異端の教えが持ち込まれて来たのです。それは、使徒言行録20章29節以下にパウロが「わたしが去った後に、残忍な狼どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、わたしには分かっています。 また、あなたがた自身の中からも、邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れます。 だから、わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。 そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。」とあります。エフェソ教会に間違った教えが入り込んで憂うべき困難な事態が訪れたのをパウロが知って、残った者たちを強めるために、そしてテモテが「神の家」である教会でどのように働くべきかを(Ⅰテモ3:15)教えるために、テモテへの手紙がパウロによって書かれたのでした。形式主義や愚かな議論、教会内でのお互いのむなしい詮索と律法主義、さらには信仰と良心の否定までが懸念されたのでした。

当時ローマ帝国各地に建てられ始めた様々な教会あてに多くの手紙を書いたパウロが、晩年のローマからテモテなど個人あてに手紙を書いていることは、教会指導者の世代の交替期が訪れたことを示しているだけでなく、立てられて間もない諸教会に既に、異端や誤った教えが侵入し始めたことを示しています。そのために信仰のしっかりした何人かの弟子たちを、確固とした信仰を持つ指導者としなければならなくなっていたのです。教会が大きくなり、教会員の構成も、単に老若男女だけでなく、ユダヤ人と異邦人、あるいは奴隷というように複雑多岐になってきました。その結果、長老や執事なども含めた組織の複雑化と、それに伴う諸課題も出てきたのでした。5章9節で「やもめ」の名簿も作られているように、当時の教会の奉仕活動も多面的になっており、それも、パウロがこの手紙を書いた動機でした。教会の「指導者のなすべき行い」や、「教会員のあるべき姿」と「なすべき奉仕」とは何かと言った問題に加え、さまざまの誤った教えや異端に対する対応など、この書を加えた牧会書簡が今日の私たち成宗教会に至るまで2千年間の諸教会に対してパウロが教え、果す役割は計り知れないのです。

今日の聖書箇所は6節から10節と短いので、少し詳しくご一緒に読み進めて見ましょう。

テモテへの手紙が、間違った教えを語る偽教師たちと対決したのは、これで三度目でした(1:3-11、4:1-11参照)。この直前の3節から5節の聖書箇所では、偽教師たちが教会から離れていった理由を挙げています。それは、彼らが、主イエス・キリストの御言葉から離れてしまい、正しい敬虔な教会の教えから身を引かざるを得なかったからです。偽教師たちが、高慢になり、彼らは、教会内部で兄弟を許せず、不和をまきちらし、たえず争いを引き起こしていたのです。パウロが偽教師と呼ぶ分派主義者たちは明らかに、教えることに極めて高い授業料を払わせ、聞く者を搾取して「信仰・信心を利得の道」としていたのでした。パウロはその罪を、きわめて鋭く指摘して、偽教師が「神を罪に仕えさせ者」にしてしまっていると断罪したのです。

その「信仰を利得とする罪」を逆手に取って、今日の6節からは、パウロは「満ち足りる心を伴う敬虔こそが、大きな利得を得る道」であると福音の確かさを強調するのです。信仰は敬虔な人々を、上なる世界の天的な富において豊かにするだけでなく、この世でも富んだ者にするとパウロは強調します。それは、その人が信仰によって金銭欲から解き放たれており、神が与えられたもので満足しているからです。その人の人生は、神の祝福にみちた御手の下に置かれているからである。

7節では、聖書の基本的な倫理(ヨブ1:2、ルカ12:16-21)である、「わたしたちは裸で何も持たずにこの世に来て、また同じように去って行かねばならない」という認識に立つならば、おのずと欲から解き放たれて、地上の富に対して正しい評価が出来るようになるのである。ルカ12章20節で神が金持ちに「愚か者よ、今夜あなたの命は取り去られるであろう。すると、あなたが得たものは誰のものになるのか」と言われる御言葉が自分のものとなるのである。生活に不可欠のものを所有している者は、それで満足し、感謝せよということであり、金銭欲は無意味なだけでなく、魂を殺してしまうのです。

しかし、大きくなった教会の中には、裕福な人々もいました。勿論、金持ちが忠実なキリスト者になれないのではありません。いけないのは、富む者になろうとする欲望、金への呪われた飢餓です。金を得るためにはどんな手段も辞さないという誘惑が頭をもたげると、足りることを知らない欲望が増長し、生涯の歩みは永遠の滅びの中に終わることになるのです。「すべての悪徳の根は金銭欲である」と10節は言う。金銭欲のほか罪の原因になるものがない、というわけではありませんが、金銭欲は人をかたくなにし、手段を選ばぬ人間にするので、特別危険なのです。金銭欲はキリスト者の敬虔とあい容れぬものであることを、教会は経験したのでした。

ここで間違ってはならないのは、お金そのものが悪、罪なのではないのです。金銭欲に溺れてしまうことが悪の根源であり、信仰から引き離す罪だ、とパウロが指摘しているのです。古い時代の教会の歴史の中には、修道士など、清貧に生きることこそキリスト者のあるべき姿である、と強調した人々がいた時代もありました。

反対に、金銭的な豊かさを求める余り「金銭欲の虜」になってしまい、神に与えられた賜物、時間、お金、体力を信仰のために、教会のために用いなくなることをパウロは厳しく視詰め、指摘しました。神から与えられた恵みを自分のため、自分の利得だけに用いてしまい、神のため、教会のため、隣人のために用いなくなってしまう罪をパウロは視詰めているのです。

今日の聖書箇所の少し後の17節で「この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。」と、パウロは勧めているのです。

ここで、富とは、お金や財産だけではなく仕事、職歴、学歴、学力、能力、体力、健康など全てが神から与えられた富なのです。パウロが、その後の21節「その知識を鼻にかけ、信仰の道を踏み外してしまった者もいます。」、と語った「その知識」も富です。パウロが語っていることは経済的に豊かな人々だけでなく、神から賜物を戴いている全ての人々に対する言葉、私たちに対する言葉です。自分の智恵、知識、経験に重きを置き過ぎると、神の御言葉に聴き従い、頼ることを軽んじて、私たちを信仰から、神から引き離してしまうのです。

魂がすでに御恵みにより満たされ、空しさが愛で満たされるという霊的な満足こそが信仰の実なのです。信仰とは、それが満たされた霊の果実を実らせることです。これこそが、6節の「信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です」。

「足りることを知る」とは、人が欲しいものを既に持っている時も、人が欲しいものを持っていなくとも、それ以上のものを欲求しない時も、「足りることを知る」ことが出来るのです。

私たちは何も持たずにこの世に生まれて来ましたが、ヨブ1章21節に「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」の通りです。そして、マタイ6章26節で主イエスは「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。」と言われました。

主イエス・キリストが教えてくださった「主の祈り」の第四番目「わたしたちの日用の糧を今日も与えてください。」とは、衣食住だけではなく、教育、医療など、私たちが生きていく時に必要なすべてのものです。「私の日用の糧」を与えてください、と祈っているのではありません。「私たちの日用の糧」、「私たち」と複数です。それは「隣人」にも与えてください、との祈りです。自分だけが満たされればそれでよい、などというような小さな祈りでありません。自分の愛する家族を含めて「私たち与えてください」との祈りです。

お祈りを致しましょう。

仕えて生きる

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌20番
讃美歌194番
讃美歌453番

《聖書箇所》

旧約聖書:コヘレトの言葉 3章1-8節 (旧約聖書1,036ページ)

3:1 何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
3:2 生まれる時、死ぬ時/植える時、植えたものを抜く時
3:3 殺す時、癒す時/破壊する時、建てる時
3:4 泣く時、笑う時/嘆く時、踊る時
3:5 石を放つ時、石を集める時/抱擁の時、抱擁を遠ざける時
3:6 求める時、失う時/保つ時、放つ時
3:7 裂く時、縫う時/黙する時、語る時
3:8 愛する時、憎む時/戦いの時、平和の時。

新約聖書:マルコによる福音書 9章33-37節 (新約聖書79ページ)

9:33 一行はカファルナウムに来た。家に着いてから、イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。
9:34 彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。
9:35 イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」
9:36 そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。
9:37 「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

《説教》『仕えて生きる』

主イエスと弟子たちはカファルナウムにやって来ました。ガリラヤ湖のほとりにあるカファルナウムは、ペトロの家がある町であり、イエスが宣教の生涯を始められた記念の場所でもあります。

しかし今、このカファルナウムは、旅の目的地ではなく、「旅の通過点」に過ぎませんでした。主イエスの眼は、しっかりとエルサレムへ向けられ、父なる神の御心に従い、全ての人間の罪の贖いを実現するため、十字架を生涯の目標として定められていたからです。

33節の「家に着いた」とは、恐らくペトロの家でしょう。彼の家は、イエスが最初の説教を行ったカファルナウムの会堂のすぐ前にあり、ペトロの義理の母の熱病を主が癒されて以来、活動の拠点として用いられていたようです。

それ故に、「その家に着いた」ということは、ペトロにとって生家であり、また、元来この町の漁師であったペトロの弟アンデレや、ゼベダイの子ヤコブとヨハネ兄弟たちにとっても、懐かしい心安らぐ場所であったと言えるでしょう。

久し振りに故郷へ帰って来た思いに満たされている弟子たち。その町も棄てて行かれようとする主イエス。この意識の差が、まさに喜劇的であり、悲劇的なかたちでここに記されているのです。

「途中で何を議論していたのか」。イエスは弟子たちにこうお尋ねになりました。彼らが何を話していたのかは、すぐ次の34節で明らかにされていますが、先ず、この「途中」という言葉に注目する必要があります。

文語訳聖書では、ここを文学的に「道すがら」と訳しています。「汝ら、道すがら、何を論ぜしか」。素晴しい訳文です。主と共に歩む旅が私たちの人生であるならば、私たちもまた、この「主と共に歩む旅の道すがら、何を語るのか」を問題にすべきでしょう。ですから、「何を議論していたのか」は少々大袈裟で、「語り合い」と言うほうが適切でしょう。「主と共に歩む人生の道すがら、何を語るのか」。それが今日、改めて考えるべき問題です。

フイリポ・カイサリアからエルサレムへ、主イエスは十字架への道を歩んでおられるのです。生まれ故郷を棄て、親しい人々と会うこともせず、ただひたすらに、父なる神の救いの御計画実現のために尽くされようとしているのです。

主イエスの受難に向かわれる道すがら、共に歩む弟子たちはは何を語り、何を思うべきでましょうか。

私たちもまた、「キリストと共に生きるとき」、自分が何処へ向かって歩んでいるのか、何処へ導かれているのかを、改めて見詰めるべきです。そして、自分の歩むべき道が行き着くところを正しく見極めた時、初めて、この人生の道すがら「主の弟子として何を語るべきか」ということを知るのです。

主イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになると、弟子たちは「黙っていた。」とあります。

弟子たちは黙っていました。主イエスの問いに答えられませんでした。主イエスの問いかけに対し、沈黙する人間に、「正しい生き方をしている者は一人もいない」と言ってよいでしょう。

例えば、今年1月10日に「怒る主イエス」と題して、マルコ3章1節から御言葉を聞きました。お読みします。

3:1 イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。

3:2 人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。

3:3 イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。

3:4 そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」彼らは黙っていた。

キリストの問い掛けに「彼らは黙っていた。」とあります。キリストの御言葉を、正面から受け止めようとしない姿。都合の悪いことには答えない「頑なさ」。その時、その人の心の中には何があるのでしょうか。

主イエスの問いかけに沈黙する時、いや、沈黙せざるを得ない時、それは、自分の心への警戒警報であると言えます。何故、答えることが出来なかったのでしょうか。何故、沈黙してしまったのでしょうか。弟子たちは、決して口数の少ない人間ではありませんでした。あの厳粛な最後の晩餐の席上でも、いろいろなことを語り続け、主イエスにたしなめらるような人々でした。

しかしながら、それでもなお、「何を話していたのか」と尋ねられた時、「黙ってしまった」ということは、彼ら自らが問題点を暴露してしまったと言うべきではないでしょうか。

何故なら、その「おしゃべり」の内容が、主イエスには言えないようなものであったからです。主イエスと共にその道を歩きながら、「主イエスを抜きにした話に熱中していた」というのです。

私たちの日毎の歩みでも、現に慎むべきことは、主イエス・キリストを抜きにした「おしゃべり」です。「主の御前で言えないような話」はしないことです。互いの「おしゃべり」には熱心だが、キリストとの対話は拒否してしまう人間。それが弟子たちの姿であったということは、驚くべきことではありますが、信仰に生きていないときは、誰でも、そうなる恐れがあるのではないでしょうか。

さらに恐るべきことは、主イエスに分からないように話し合っていたつもりのことが、全て、実は「イエスには分かっている」ということです。それは35節からもあきらかです。「一番先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」と、あります。弟子たちが、沈黙によって心の中に覆い隠したつもりのことを、主イエスの方から話題にされました。「分からないから」尋ねたのではなく、「知っていながら」問いかけたのです。

エデンの園の物語を思い出してください。あの時、御言葉に背いたアダムとエバは、主なる神がお帰りになったことを知り、木の陰に隠れました。その時、主なる神は「あなたは何処にいるのか」と言われました。全能の神に木の陰にいるアダムが分からない筈はありません、すべてを御存知でありながら、アダムに自分の罪を告白して出て来ることを期待しておられたのです。誰が、主なる神の眼差しから自分を隠すことが出来るでしょうか。誰が、主イエス・キリストに聞かれないように内緒話をすることが出来るでしょうか。主なる神は、全てを見通しておられる方です。

語り合っていたことは、「誰がいちばん偉いか」ということでした。「いちばん偉い」とは、「おおいなる者」という意味です。「最も大切な役目を果たす者」のことです。

このこと自体、決して悪いものでないことは、主イエス御自身、「いちばん先になる方法」を教えておられることで明らかです。むしろ、よく言われる「無気力なキリスト者」になってはならないのであり、誰でも「上を望む心」「向上心」を持たなければなりません。

弟子たちは、「誰が一番偉いか」と議論していたというのですが、それは、誰が一番身分が高いかとか、誰が一番金持ちか、というような話ではありません。彼らは、誰が主イエスに一番仕えているか、弟子としての務めを最も忠実に果たしているのは誰か、ということを競い合っていた筈です。例えばペトロは、「自分こそ、一番先にイエス様に呼ばれて弟子になった者だ。自分は誰よりも長くイエス様に従い、仕えている」と主張したことでしょう。それに対して他の弟子たちも、「イエス様に従い仕える思いなら自分だって決して負けてはいない」と反論したことでしょう。そのように彼らは、主イエス・キリストに仕えることにおいて、一番素晴らしい弟子になろうとしていた筈です。それと同じことは教会においてもしばしば起ります。教会で自分の意見ばかりを主張してそれに固執し、人を自分に従わせようとするようなタイプの人はあまり好まれません。むしろ身を低くして神様と隣人とに仕えていくような人が尊敬されます。それは主イエスの教えからして当然のことですが、しかしそこにはともすれば、自分はいかに謙遜に奉仕をしているか、ということにおいて人よりも先になろうとする、という競い合いが起ります。「誰が一番偉いか」と議論していた弟子たちの思いは私たちの中にもあります。ですから弟子たちに対して語られた主イエスのみ言葉は、私たちに対するみ言葉でもあるのです。

それを、主イエスの御前では言えないのは何故でしょうか。ひとことで言ってしまえば、弟子たちの話し合いの内容が、神中心ではなく、人間中心、自己中心的であったのです。神との対話を「祈り」と言います。「祈り」から離れた姿、「祈り」を必要としない事柄、これら全ては、神なき人間の姿であり、人間主義として否定されなければならないのです。

しかも、弟子たちは、それを自覚して、恥ずかしくて言えなかったのです。既に見て来たように、御言葉に答えられない沈黙は、しばしば主の叱責を受けざるを得ません。弟子たちが競い合っていた「偉さ」とは何でしょうか。この論点をもう少し深く理解しておくことは大切です。

ここで主イエスは、あえて「いちばん先になる方法」を教えられました。「いちばん先」と訳されているギリシャ語の“プロートス”とは、文語訳聖書では「かしら」、新改訳聖書では「ひとの先に立つ」、翻訳に忠実な岩波訳聖書では「筆頭の者」と訳されている、時間的に早いという意味を含めて英語の“First”と言う言葉に当たります。

主イエスは、「いちばん先」となることを否定しているのではなく、むしろ、「それを望め」と言われています。大切なことは、「何がいちばん先なのか」ということを知ることでです。

主イエス・キリストの福音を信じる者の最大の希望は、罪赦されて「永遠の生命」を受けることであり、「神の国」に迎えられることです。

罪を自覚する意識が強ければ強いほど、神の国を求める願いは強くなります。そして罪の恐ろしさを知る者は、決して罪の世界に長く留まりたいとは思わないでしょう。

私たちもまた、神が「生きよ」と言われる限り、生き続けるのです。その歩みの全て、その努力の全ては、招かれている「神の国に於ける喜び」が目標なのです。キリスト者は、この希望を明らかにする者です。そして、その希望を持つ者は、必然的に、「いちばん先になりたい」と思い、神の国に最初に入りたいと願う筈です。

「いちばん先になりたいと思わない人」は、自分が今生きている世界の価値のなさを自覚していない人であり、キリストが招いて下さる神の国の素晴しさを、理解出来てない人と言えるでしょう。

しかし、主イエス・キリストは、その願いを強く持つ人ほど、結果として、「いちばん後になる」と言っておられます。

「いちばん後になる」とは何でしょうか。これは、決して、「最後で結構です」というような遠慮がちで謙虚なものではないのです。むしろ、願いを強く持つ人ほど、自分から「後になる」と思うでしょう。「いちばん後になる」というところに重点があるのではなく、「仕える者になる」ということが大切なのです。主に招かれた者にとって、人生の目標は明らかです。

もし、神の国に入ることが最も大切な願いとなっているならば、「自分ひとりだけ入れば良い」とは、誰も思わないでしょう。自分が愛している人々と、「なんとか一緒にそこへ行きたい」と願うのではないでしょうか。

山に登る時、自分だけ頂上を目指し、足の弱い人を置いて行く登山者がいるでしょうか。疲れた人を励まし、登頂を断念しようとしている人に、頂上の素晴しさを語って力づけるのではないでしょうか。そして、なんとか一緒に到達の喜びを味わおうと、荷物を持ち、手を引き、後ろから押し上げるのです。強い人ほど、後ろから上がることになります。

それと同じように、「共に神の国に入りたい」という熱心さが、結果として、「いちばん後ろになる」のであり、御心を受けて「人に仕える」という姿が、そこに表されるのです。

身体に障害のある人々など社会的弱者は、この社会では一人前の権利を認められているとは言えません。しかし、神の国では、そのような差別はありません。つまり、神の救いの御業の対象は、人間の差別を超えるものであり、神の愛が「全ての人間に向けられている」のです。

従って、信仰の熱心さは、「一人でも救いから漏れることは耐えられない」という気持ちとなって出てくるでしょう。もちろん、その「救い」の成果は、私たちの手によって決定するものではありません。父なる神の御心を想い、十字架への道を歩み続けた主イエス・キリストの御姿を思い返すならば、「一人でも多くの方々と共にその道を行こう」と思うのではないでしょうか。共に生きる人を思わず、自分だけの誇りを求めることは有り得ません。

弟子たちが議論していた「誰が一番偉いか」とは、「すべての人を救いたい」とのキリストの御心忘れていることであり、主イエスは、信仰の本来の姿を弟子たち、私たちに教えたかったのです。

主イエスの愛に包まれた人生の喜びを覚える時、神の国に向かって生きる人生の意味を知る時、その時こそ、御子キリストを遣わされた神の喜びに仕えて行く人生を確認することが出来るのです。

私たちキリスト者は、人生の旅路が決して孤独ではないことを知っています。そして、人生が、「孤独の旅ではない」ことを知り、一人でも多くの「共に信仰の旅路を歩む人」を望むのです。

その希望に満たされて歩むこと、それが、イエス・キリストの問いかけに、正しく答える人間の生き方です。

お祈りを致します。

怒る主イエス

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌Ⅱ-57番
讃美歌9番
讃美歌23番

《聖書箇所》

旧約聖書:コヘレトの言葉 3章19-20節 (旧約聖書1,037ページ)

3:19 人間に臨むことは動物にも臨み、これも死に、あれも死ぬ。同じ霊をもっているにすぎず、人間は動物に何らまさるところはない。すべては空しく、
3:20 すべてはひとつのところに行く。すべては塵から成った。すべては塵に返る。

新約聖書:マルコによる福音書 3章1-6節 (新約聖書65ページ)

◆手の萎えた人をいやす

3:1 イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。
3:2 人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。
3:3 イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。
3:4 そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」彼らは黙っていた。
3:5 そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。
3:6 ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。

《説教》『怒る主イエス』

本日からは、マルコによる福音書の3章に入ります。最初の1節に「イエスはまた会堂にお入りになった」とあります。1章の21節以下に、主イエスがカファルナウムの町の会堂に入って教えたことが語られていました。そして1章39節には、主イエスがガリラヤ中の会堂に行って教えを宣べ伝えたとあります。主イエスはガリラヤ地方で伝道の活動を始められたのですが、最初の頃にはあちこちの会堂で教えられました。会堂とはシナゴーグと呼ばれ、ユダヤ人が安息日ごとに集まって神様を礼拝し、律法の教えを聞く所です。主イエスはその安息日の礼拝に出席して、そこでお語りになったのです。

この日の会堂には、「片手の萎えた人」がいました。主イエスが話をしておられる、その礼拝、集会の場に、障碍を負って苦しんでいる人がいたのです。そこに集まっていた人々は、主イエスがこの人を見てどうなさるかに注目していました。2節には、「人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた」とあります。主イエスと弟子たちは安息日の掟をきちんと守っていない、という批判が高まってきていたのです。そういう中で、人々は主イエスが安息日に、この「片手の萎えた人」を癒すのかどうかを注目していました。それは「イエスを訴えようと思って」のことです。主イエスが癒しをされたら、安息日にはしてはならないことをしていると訴えよう、という悪意をもって注目していたのです。

ところで、安息日に人の病気を癒すことはしてはならないことなのでしょうか。当時の律法学者たちの見解においては、命の危険がある病気や怪我の治療は安息日にも行ってよい、とされていました。しかし今すぐ治療しなければ命に関わるのでない、明日まで待つことができる治療行為は、安息日には休まなければならない「仕事」に当たると考えられていたのです。普通の医院は休みだが救急病院はやっている、というのと同じです。この人が、「片手の萎えた人」だったと語られていることにはその点で意味があります。これは、今すぐどうにかしなければ死んでしまうという状況ではないということです。安息日はその日の日没には終わるのですから、数時間待って、日が暮れてから癒しを行えば、安息日の掟にひっかかることはないのです。今この会堂での安息日の礼拝の中でこの人を癒すというのは、当時のユダヤ人たちの感覚では、律法を意図的に破ることを意味していたのです。

 

まさに、主イエスご自身もまさに意図的にそれをなさったのです。3節に「イエスは手の萎えた人に、『真ん中に立ちなさい』と言われた」とあることから分かります。この人をわざわざ会堂の真ん中に連れ出したのです。それはある意味では残酷なことです。片手が萎えているという障碍を負って生きているこの人は、ただでさえ人々から好奇の目で見られ、つらい思いをしてきたのだと思います。なるべく人前に出たくない、人々に自分の姿を見られたくない、というのが、この片手の萎えた人の思いだったのではないでしょうか。それを、多くの人々が集まる安息日の会堂の真ん中に立たせるなんて、主イエスはなんと思いやりのないことをするのだ、とも感じられるかもしれません。

加えて、当時の人々が病気や身体の障害について持っていた特別な意識を理解しておく必要があります。これまでもお話ししましたが、当時の人々は、幸福が神からの賜物であると信じた反面、不幸、この場合身体に障害があること、そこに神の怒り・裁きを指摘し、苦しみは神の怒りの現れであり、「その惨めさの中で罪の悔い改めをしなければならない」と教えられていました。幸いを与えて下さる神が苦しみを与えたとするならば、それ相応の理由がある筈であるとしたのです。これはまことに残酷な考え方であり、病気・障害の苦しみという肉体的苦しみに、更に精神的な苦しみを加えるものと言えるでしょう。

神の罰を受けていると見做されている人が、この時、会堂に居たのです。もちろん、不自由な手を癒してもらうために来たのではありません。定められた日に御言葉を聞くために、肩身の狭い思いをして、会堂の隅にいました。

会堂の席は、長老を筆頭に、律法学者・ファリサイ派の人たち、そして地域の人々が席を占め、「罪人」と呼ばれ差別されていた人々は一番後ろとされていました。長年の病気や肢体の障害で苦しむ人々は、礼拝においても人々の眼を意識しなければならないのであり、会堂に入ること自体、既に苦痛であったでしょう。会堂に来ることに喜びが見出されなかったと思われます。

会堂とは神の御言葉を聴く場所であり、神の御心を求めて祈る場所です。語られる御言葉を通して神の愛が満ち溢れる場です。その安息日の会堂で、彼らは主イエスを「訴えよう」と伺っていたというのです。2節にある「イエスを訴える」とは「告発する」ということです。同じく2節の「注目していた」という言葉は「悪意をもって様子を伺う」という意味です。「訴える」根拠は「安息日に肉体の苦しみを癒す」ということでした。彼らの主張は、「安息日の癒しは神に背く行為である」ことだからです。

しかしながら、聖書には「安息日を聖別せよ」とは記されていますが、「安息日に病気を癒してはならない」とは書かれていません。「安息日には神との交わりを重んじよ」これが律法であり、御心です。その安息日の会堂を、形式だけを厳守して、神を讃美する場を裁きと憎しみの場に変えてしまった人々こそ、安息日を汚したと非難されるべきでしょう。

 

主イエスの御言葉は人々にとって意外なものでした。人々は「イエスが密かに何かをするかもしれない」と見守っていたのであり、どんな小さな過ちでも許さないという気構えで注目していたのです。しかし主イエスは、会堂に満ちた人々に本質を示される道をお選びになました。

主イエスは、その男に「真ん中に立ちなさい」と言われました。父なる神の御心が「ここに立っている不幸な男を見放したままで有り得るのか」。それを主イエスは人々に問い掛けられたのです。

そして、続く主イエスの御言葉の「善を行うこと」と「悪を行うこと」。「命を救うこと」と「殺すこと」、このどちらが良いかと問われ答えられない人はいないでしょう。誰にでも分かることです。極めて簡単明瞭であり、ファリサイ派の人々も律法学者たちもこのことを教えて来た筈です。しかし、「彼らは黙っていた」と記されています。この沈黙は何でしょう。「善を行うこと」「命を救うこと」。「それらが良いことである」と知っていながら、はっきり言えない人々、それがここに集まっている人々の姿なのです。

もし、単なる理屈であるならば、彼らは雄弁に答えることが出来たでしょう。ファリサイ主義は議論を重んじ、律法学者たちは聖書の引用によって神学を展開する専門家です。

しかし、主イエスは神学議論をしようと言っているのではありません。片手の萎えた男を真ん中に立たせ、「この男の姿を見ながら答えよ」と迫っているのです。善について語れ、愛について語れ、救いについて語れ。そういうことではなく、「今、ここで、行うべき正しい業は何か」と問い掛けておられるのです。

主イエスが「見よ」とおっしゃっているのは、「神の赦しを必死に求めている一人の人間」のことです。この人の苦しみに対し、この人の祈りに対し、今、何をなすべきであるのかということです。「手が不自由なら手を治してやればよいではないか」ということではありません。「障害を癒してやればよい」ということでもありません。それは、医師の務めです。

安息日の朝、この場に来た人々は神の御心を聴くために集まり、神の栄光を祈ろうとしている筈です。それならば、栄光の主の御前において、苦しむ者と共に祈り、神の慰めが与えられることを願うのが「安息日に相応しい信仰者ではないのか」ということです。

真実に神の御前に平伏し、御心に従い、神の愛を信じ、苦しむ人と心を共にする時、一刻も早く平安が回復されることを望むのが、安息日に生きる人間ではないでしようか。身体の障害の問題ではなく、罪の重荷を背負わされている人の苦しみを、自分の苦しみと思えなくなっている心が問われているのです。会堂に集まっている人々の心に、この人の苦しみがどのような形で伝わっているのでしようか。主イエスは、ファリサイ派の人々の姿が「形式に囚われている」ということだけを非難しておられるのではなく、「今、心が、本当に、神に向けられているか」ということを厳しく問い掛けておられるのです。

 

4節で主イエスは、「安息日に律法で許されているのは、どちらか?」とは、「私たちはどう思うか」「あなたはどう思うか」という判断を求めているのではありません。「神は何を望んでおられるのか」という信仰の根源の問題を問われているのです。ファリサイ派の人々の沈黙はこの問いへの沈黙であり、神の御前にあって、「神を見ようとしない姿」と言わなければなりません。それ故にこの沈黙は、神と人間との恐ろしい断絶を表すと言うことも出来るでしょう。そしてこの断絶は、今日に至るまで私たちと神の間に続いているとも言えましょう。

 

5節で、「イエスが怒った」と記されていますが、主イエスが怒られたのは聖書ではこの場面だけで、他に10章14節に「憤る」という言葉があるだけで、主イエスは極めて温厚な方でした。ここで明らかにされた主イエスの怒りは、人々の答えが間違っていたとか、答えようとしなかったからではありません。神を仰ごうとしない人間の頑なさに対する怒りです。御心を考えるべき時、神の判断を仰ぐべき時に神の判断を仰ごうとしない人間への怒りです。それは、人間に対する愛を貫き通そうとする、神の御心に背を向け続けている者への神の悲しみの怒りです。

主イエスは、集まった全ての人々を慈しみの眼差しで見詰めておられるのです。律法を読みつつもそこに込められた神の御心を見ることが出来なくなってしまった人々に、神の愛、神の御心が、人間の苦しみをこれ以上放置し得ないということを、この癒しの奇跡を通して示されたのです。病気を癒す力があることを誇示するのではなく、父なる神は、何時如何なる時でも人間の苦しみに対して敏感であり、救いに篤く、「明日まで待つ」などとはお考えにならないということを示しているのです。

 

最後の6節に出て来るヘロデ派の人々とは、福音書の中に3回出てきます(マタ22:16、マコ3:6、12:13)が、ヘロデ王朝を支持する利権を握ったユダヤ人の団体で、ローマ帝国の支配を背景に、ヘロデ王家のユダヤ支配を望んだ人々で、極めて政治的色彩の強い団体でした。信仰を軽視し、礼拝生活を重んじない政治グループです。この安息日の会堂にも居なかった筈です。安息日厳守のファリサイ派から見れば、とんでもない人間の集まりであり、ファリサイ派の人々が敵視する集団です。ファリサイ派が会堂から出て、そのヘロデ派と相談したとは何たることでしよう。敵の敵は味方同士というべき、神に心を向けず、キリストの御言葉に従わない人間は「会堂の外において一致する」という現代に通じる姿を示しており、彼らの一致は、「キリストを抹殺しよう」ということでしかないのです。

 

安息日に関する一連の論争は、このようにして、人間の罪の深さと惨めさとを隠すことなく暴露して終わりました。主イエス・キリストの愛を踏みつける人間の姿が、神様が定められた一番大切な日に、一番大切な場所で顕わにされたのです。

この物語、論争の終わりが、「会堂に留まる主イエス」であり、「会堂から出て行くのが反対者である」という6節は、実に暗示に富んでいると言えるでしょう。父なる神より遣わされた主イエスが居られるところに、そして主の御言葉のあるところに、この教会にこそ、私たちの留まる場はあるのです。

神の御心を求める者の傍らに、主は必ず共に居て下さるのです。

キリストと共に会堂に留まる時、永遠に変わらず注がれている神様の愛が、私たちを支え続けるのです。

お祈りを致しましょう。

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