2018年12月号

「知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています。」

新約聖書、コロサイ2章3節

このお便りは、なりむね教会からのメッセージです。キリスト教会は神様の愛について学び、伝えます。子供さんも大人の方も、読んでいただければ幸いです。

興津晴枝先生のお話

これは今年11月25日の礼拝で話されたものです。

聖書:マタイによる福音書1章18~25節

イエスと名付けなさい

興津晴枝

イエスさまはマリアさんを母としてお生まれになりました。その時マリアさんはヨセフさんと結婚の約束をしていました。その二人の所に神様のお使いである天使ガブリエルが訪れ予告します。天使はマリアさんに言いました。「恐れることはない,あなたは身ごもって男の子を生むが、その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」

ヨセフさんにも夢で天使が告げます。「マリアを妻として迎え入れなさい」

この予告を聴いた二人はどんなに驚き悩み恐れおののいたことでしょうか。まだ結婚もしていないのに。でも二人はとても信仰深かったので、素直に神様を信じ生まれてくる子の両親になることを受け入れたのです。神様は二人の信仰に御子の誕生を委ねたのです。人間的には決してあり得ないことでしたが、マリアさんが身ごもったのは、神様ご自身の働きかけによってのことだったのです。聖霊とは神様ご自身のことです。イエス様はマリアさんを通して人間の子として生まれましたが、同時に神様の独子としての誕生だったのです。なぜ、神様はこのようにして私たち人間の世界に独リ子を送って下さったのでしょうか。

みなさんも経験がありませんか?私たちは自分が病気になって初めて病気の人の辛さが分かったり、自分が試練にあって苦しんでみて初めて苦しんでいる人の気持ちが分かるということがあります。イエスさまは私たちと同じ肉体をもって私たちの経験する苦しみや試練を受けて苦しまれたからこそ、私たちを罪から救い出す事がお出来になるのです。天使は更に言いました。「生まれてくる男の子にイエスと名付けなさい」両親になったマリアさんとヨセフさんが付けるのではありません。皆さんはそれぞれお父さんやお母さんが生まれる前からこんな子に育って欲しい!という願いや希望を込められた素敵な名前を持っていますね。

では、天使の告げた「イエス」という名前はどんな意味が込められていたのでしょうか。それは神様がお付けになった特別の名前なのです。ところが、実は当時のユダヤではごく一般的な名前で少しも特別ではなかったのです。不思議ですね。特別なのに特別ではない。ユダヤの人々は、何時の日かきっと神様が救い主を送って下さるという事を、預言者を通して信じていたのです。「イエス」という名は「主は救い主である」という意味です。「インマヌエル」というのは別の読み方で、「神は我らとともにおられる」です。「イエス」という名は多くの親たちの希望と願い、そして我が子にもそのことを忘れないようにとの願いが込められていたのです。

主イエスは、一人の人間としてはナザレの村で両親に仕えごく普通の少年としてそだち大人になり生活をされました。でも主イエスは「イエス」という名に込められた多くの希望を実現する方として使命を与えられてお生まれになった方でした。マリアさんが神様の御子の母となることを決心したことによって、私たちも神様の大きな愛のみこころを知らされたのです。十字架上の死から復活されて、今は天におられるイエスさまは、私たちにいつも聖霊を送って下さっています。神様から離れて罪に落ち入った私たちのため神様に赦しのとりなしをして下さっています。イエスさまを心から信じて「天のお父様」とよびかけお祈りできるようになりたいですね。

12月の御言葉

「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住むものの上に、光が輝いた。」

イザヤ9章1節

12月の教会学校礼拝

(毎週日曜日、朝9時15分~9時45分)

  • 神様に感謝して祈り、歌います。イエスさまのお話、聖書について学びます。
  • お話の聖書箇所と担当の先生は次のとおりです。

12月2日(日)  イザヤ書9:1-6        お話の担当…斉藤 紀

9日(日) ルカ1:26-38               並木せつ子

16日(日) ルカ1:39-45             並木せつ子

23日(日) ルカ2:1-7               興津・山口

成宗教会学校からお知らせ

  • クリスマスを待つ心の準備をしましょう・・・「待降節」(アドヴェント)という言葉を聞いたことがありますか。待降節はイエスさまの誕生を迎える準備の季節です。クリスマスの4つ前の日曜日から始まります。今年は12 月2日(日)から始まります。
  • 今年の教会学校クリスマス礼拝・・・12月23日(日)9時15分から。いつもは来られない人も、来られますように。みんなプレゼントをいただいて、イエス様のお誕生を心からお祝いしましょう。
  • クリスマス主日聖餐礼拝・・・12月23日(日)10時半~。大人の人々が中心ですが、小さいお子さんも参加できます。信仰を告白した人々が参加する聖餐式があります。どうぞ見学してください。
  • クリスマスイヴ礼拝・・・12月24日(月)夜7時~8時半。成宗教会では、毎年、クリスマス・イヴ礼拝(キャンドルサービス)を教会学校の生徒さんも参加して行っています。お家の方々といらして下さい。
  • 12月30日(日)の教会学校はお休みです・・・来年は1月6日から来てください。そして教会では、日曜日10時半からの礼拝は毎週いつでもあります。いらしてください。

あなたの父と母とを敬え

聖書:箴言232225節, マタイによる福音書1549

 今日の説教題をごらんください。「あなたの父と母とを敬え」です。これが 十戒 の戒めのうちの、第5番目の戒めであります。とてもシンプルで、だれもが納得する戒めです。しかし、この戒めはただ単に血縁関係にある父母を敬いなさい、とか、両親の言う通りにしなさいという道徳的な勧めではありません。古代イスラエルでは、両親は神への畏れや信仰を子どもたちに伝達する役割を果たしていましたから、いわば、神さまの代理のような存在であったのです。子どもたちは、神さまを礼拝する生活と信仰を父母から継承し、それをまた次の世代に伝えました。イエスさまも、神さまを天の父と呼ばれ、また弟子たちにも祈る時には「天にまします我らの父よ」と呼びかけなさいと教えられました。

神はすべてのものをお造りになり、また人間を御自分に似た者としてお造りになりました。そして私たちが生きるために沢山のものを与え、管理させ、神さまがそのすべてを支えておられるのです。真に神さま御自身が、わたしたちに天の父と呼ばれることを許してくださっています。それは真の神の子、救い主イエスさまが私たちに教えてくださったことです。このようにして、私たちは地上に父を持っている一方、神さまを天の父と呼ぶのです。

またわたしたちは地上に母を持っていますが、その他に、私たちには母と呼んでいるものがあります。それは何でしょうか。それは教会です。教会は母なる教会と呼ばれます。なぜでしょうか。それは、教会がイエスさまを信じて洗礼を受け、新しい命に生きる人を生み出すからです。クリスチャンは教会から生まれます。だから、私たちは天には父がおられ、教会を母として生まれた神の子なのです。

さて、そう考えると「あなたの父と母とを敬え」という戒めは、ただ単に親孝行しなさい、というようなこと。また両親の言うことを聞きなさいというようなことではないことが分かります。私たちが具体的に、この親の子供であるということは、不思議なことです。神さまからこういう親をいただいた、ということですから。わたしたちは誰も、親が子を選んだのでもありません。また、子が親を選んだのでもないのです。それはただ一重に、神さまがくださった親子の関係です。神さまが選んで私たちに父母を与えてくださり、その父母の力によって育てられたのですが、本当は神さまのご支配がここに働いてくださったからこそ、親子の関係ができるのです。

父母を敬うことは、神さまの導きを信じるからこそ、できることです。だからこそ、親から受けたものを子に伝えていくことができます。つまり、父母を敬うことは神さまを信頼し、神さまを敬うからこそ、できることなのではないでしょうか。神さまに信頼し、自分の道は神さまが備えてくださると信じる人は、神さまから離れないでしょうし、父母からも離れ去ることはないでしょう。しかし、わたしたちの多くは人生の主に若い時に、あるいは中年の時に、父母に反抗したり、父母を煙たく思ったりするところを経験しております。ルカ15章の有名な放蕩息子の話(139頁)のように。ただもう「父親から離れたところで、思う存分好きなように暮らしたい」という思いは、同時に神さまからも離れて生きる生活に陥らざるを得ないのです。だからこそ、放蕩息子は悔い改めて父に謝罪するとき、こう言わずにはいられませんでした。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました」と。

放蕩息子の例え話は、豊かな財産を持つ父親と若くて力のない息子の関係として描かれていますが、今日読んでいただいたマタイ福音書15章でイエスさまが指摘している親子の関係はそうではありません。4節からイエスさまのお言葉を読みます。「神は、『父と母を敬え』と言い、『父または母をののしる者は死刑に処せられるべきである』とも言っておられる。」これらの言葉は、一つは出エジプト記20章12節の言葉であり、もう一つの『父または母をののしる者は』という戒めは、レビ記20章9節の言葉です。どちらも単純で率直な戒めです。親をののしる、または呪う者は死刑に処せられる。恐ろしく厳しい言葉ですが、その意味は誰でも理解できる、心に響くのではないでしょうか。

神さまが人々に律法を与えになった目的は、人々が真心から神さまを礼拝するというところにあります。そこにすべての幸いの源があるからです。十戒で見るとおり、神さまを礼拝する人生といいますか、生き方はそんなに複雑なものではありません。むしろ単純素朴であるといえるでしょう。第一戒から振り返ってみるならば、それは「あなたは、わたしのほかに、何ものも神としてはならない」です。とても明快ではないでしょうか。第二戒は偶像礼拝の禁止です。また第三戒は神さまのお名前を心から大切にすることを命じられています。ところが、第四戒の安息日の戒めについても、神さまがお命じになったことを形式的に守ろうとするうちに、次第に神さまを礼拝する真心を考えなくなってしまう。

そして安息日にしてはいけないことを増やす。ここまではしても良いが、ここからはしてはいけないことを増やすのです。事細かなルールを作り出してそれも十戒と同様に守ることを要求する人々がいました。それが律法学者とファリサイ派の人々でした。先週読んだマタイ福音書の例では弟子たちが安息日に麦畑を通った時、お腹が空いていたので、麦畑に入って麦を摘んで食べたことを、彼らは見とがめて、これは安息日にしてはいけない労働であると非難したのでした。それと同じように、今度は弟子たちの食事の前に手を洗わないといって咎めました。しかし、よく考えてみれば、だれにでも分かることがありました。食事の前に手を洗うことは衛生的に良いことですが、それは神さまを心から礼拝することとどれだけ関係があるのでしょうか

そこでイエスさまが持ち出したのが「父と母を敬え」の戒めであり、また『父または母をののしる者は死刑に処せられるべきである』というみ言葉です。こんなに単純明快な戒めはないのではないでしょうか。イエスさまは続けて、ファリサイ派の人々、律法学者たちが決めたルール思い出させます。15章5-6節。「それなのに、あなたたちは言っている。『父または母に向かって、『あなたに差し上げるべきものは、神への供え物にする』と言う者は、父を敬わなくてもよい』と。こうして、あなたたちは、自分の言い伝えのために神の言葉を無にしている。」

この言葉は十戒に代表されるような聖書に記された戒めではなく、長い間に出来上がった言い伝えであります。この言い伝えによれば、ある人が自分の持ち物の一部を神さまに供え物として捧げたとします。その人は、一部を捧げ、その残りを自分のものとして所有し続けることができます。その一方で、その持ち物は神に捧げられたのだから、その両親を扶養するために、持ち物から少しも差し出さないで、もっともらしく父母の扶養を断ることができるという話なのです。なぜ、このような言い伝えが出来たのでしょうか。それは、神殿に仕える人々(レビ人)の利益となったからです。こうすれば、人は自分の持ち物の一部を神さまに捧げたとして、実際はそれは神殿に仕える人々のものとなり、そして残りは丸々、その人の手元に残る訳ですから。

主イエスはこれを非難なさいました。また当時のラビ、教師と言われたたちの多くも、主イエスのようにこのような不正を非難したが、それでも、このような言い逃れは行われていたことが分かります。このような不正。神さまを口実に使った偽善は、神の言葉を無にすることそのものを表しています。「父と母とを敬え」と言われている父母とは、どのような父母でしょうか。今日読んでいただいた箴言の23章22節。「父に聞き従え、生みの親である父に。母が年老いても侮ってはならない。」「父と母とを敬え」と命じられている本人は既に大人になった人でしょう。そうすると、神さまが命じられている対象は、若い両親ではありません。年老いて、力も衰え、自分で働くことのできない父母が思い描かれるのではないでしょうか。そして今の時代のように、社会保障制度がない時代であったのですが、そんな時代にも高齢の父母を見捨てるために、どうやって第五の戒めを回避できるかに心血を傾けているという浅ましい人間の罪が見えて来るのではないでしょうか。

マタイ15章8-9節『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間の戒めを教えとして教え、むなしくわたしをあがめている。』」こうして神さまの戒めは、無にされ、無視されている、この偽善の罪をイエスさまは鋭く指摘されているのです。神さまの戒めの目的に、立ち帰りましょう。それは神さまを礼拝することを目指しています。礼拝のために安息日が与えられました。毎日が繰り返される同じ一日のようであっても、時間が絶え間なく流れていくようであっても、神さまは人に御自身の安息を与えて下さり、人の心を神さまに向けるシンボルの日を、時間の中に定めてくださいました。

それが第四の戒めであったのですが、神さまは第五の戒めにおいて人と人との交わりの中に神さまとの関係を造り出してくださいました。父母がいる。父母は神さまが自分に与えられた存在であると思う。その思いは神さまを信頼する信仰から生まれるのです。自分中心に思えば、なかなかそうは思えない。自分に都合の良い時は、父母に頼ったけれども、父母はいつも自分に都合よくしてはくれない、と思う自己中心が、いつも人にはあるのではないでしょうか。そのようなわたしたちに、第五の戒めが与えられています。出エ20章12節にはこう書いてあります。「あなたの父と母とを敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。

父と母とを敬うことと主が与えられる土地に長く生きることができる、ということがどうつながりがあるのでしょうか。それはつながるのです。なぜなら、ずばり、ここに神さまの祝福があるからです。神さまがわたしにあの父と母とを与えてくださったと思う心。その心そのものが神さまの賜物です。そして、「そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。」という約束の言葉は第五の戒めだけでなく、その前のすべての言葉に繋がっているのです。第一戒「あなたには、わたしをおいて他に神があってはならない。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。」と続きます。第二戒「あなたはいかなる像も造ってはならない。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。

そんなふうに第三戒にも第四戒にも続いています。このように自分中心に生きることから、神さまの戒めを受け入れて、神中心に生きることで、どんなに大きな祝福が約束されているかを、わたしたちは思うべきであります。先週、わたしたちは敬愛する姉妹を天に送り、感謝に溢れて葬儀式を行いました。とても寂しい思いはありますが、地上の労苦から自由になられたことを思うと、遺されたご家族も慰められたことでしょう。

私たちは血縁のものではないのですが、同じ信仰を与えられ、主イエス・キリストの執り成しに結ばれている人を、皆兄弟姉妹と呼びます。わたしたちは信仰によって神さまの家族とされていることを喜び、誇りに思います。わたしたちは佐田姉を母のように敬い、いつまでも敬い続けるでしょう。それは、佐田姉が天の父の御許に召されたという、何よりの信仰の証しを立ててくださったからです。真に感謝です。

最後に今日の学びは十戒の第五戒でした。カテキズム問45 第五戒は何ですか。その答は、「あなたの父と母とをうやまえです。神さまがわたしたちの父母を与えてくださり、神さまのご支配の中で育ててくださったので、父母を尊び、うやまい、助けるようにすることです。」祈ります。

 

恵み深き天の父なる神さま。

尊き御名を褒め称えます。わたしたちはこの荒天の中、主の御招きによって教会に集められ、礼拝を捧げることができました。今日は第五の戒めを学びました。どうかわたしたちにこの戒めを喜んで受け入れる心をお与えください。私たちは敬愛する佐田節子姉を先週、地上から失いましたが、しっかりとあなたに信頼し、地上の教会の行く末のために、祈りをもって働いてくださったことを感謝します。どうかご家族の上にこれまでにも優る祝福を注いでください。わたしたちは佐田姉妹を母のように敬い、これからも感謝を以て、思い起こします。どうかわたしたちを、これからも変ることなく主と共に歩む教会とならせてください。

今週行われる会議の上に、成宗教会の今後の歩みの上にあなたの御心をすべて行ってください。また、イエス・キリストの執り成しによって私たちの罪を赦し、御心に従って今週も歩ませてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

飼う者のない羊のように〜高齢化社会の牧会の課題

東日本連合長老会教会修養会

2018.9.24

成宗教会 並木せつ子

聖書:マタイによる福音書9章35-37節(口語訳)

 イエスは、すべての町々村々を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。また群衆が飼う者のない羊のように弱り果てて、倒れているのをごらんになって、彼らを深くあわれまれた。そして弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい。」

<はじめに>

この度の教会修養会において私に講演の機会が与えられたことを光栄に思います。私は成宗教会に赴任し牧会の務めを担って十七年目になります。その務めは結果的に高齢化社会の教会の牧会が中心になりました。これからお話しいたしますことは、事例の報告とそこから見えて来る課題です。そしてこのようなささやかな経験と考察も、これからの時代にわたしたちが共に教会を建てていくために、何かしらの参考にしていただけることを希望いたします。

Ⅰ 問題意識…一人の老婦人の願い…

私は東神大に編入学するまでの約二十年を、ある名古屋の教会で過ごしました。それは大変大きな教会で、またその頃から高齢化が特に進んでいた教会でもありました。その時代は敬老の日の行事が盛大に行われ、何十人もの教会員がお祝いに招待されていました。そういう会食の席でのことです。隣にいた老婦人は私に次のように語りました。「年を取って礼拝に出ることができなくなっているけれども、お葬儀は教会でしてほしいので、牧師先生が家に来てうちの息子に頼んでくれないだろうか」と。

そこで、私は長老会の席でこの方の希望を話しました。ところが全く牧師からは何の反応もありませんでした。そればかりか、長老の一人がはっはと笑って、私に「並木さん、あんたが行ったらいいでしょう」と言ったのです。私は衝撃を受けました。これは笑いごとなのだろうかと。長年、礼拝を守った古い教会員が高齢になり、教会まで足を運ぶことができなくなる。それをどうして他人事のように思うのかと。その時の長老会の構成員は多くが六十歳に近かったと思います。

そこは都会の中心部にある大きな教会で、礼拝には新しい来会者が次々に訪れていました。しかし、一方古くからの教会員は高齢になり、礼拝が守れなくなる。その人を連れて来てくれるような家族もいない人は、どうなって行くのか。忘れ去られて行くのか。心に掛かることでした。時代はバブル絶頂期の頃で、礼拝中は眠っている人々がいっぱいでした。物質的に満たされ、満足した心は眠っているような時代だったのだろうと思います。しかし、私の心に残る礼拝者の原点はもっとずっと昔、五十年も前の頃、私が洗礼を受けた仙台東一番町教会にあります。今から思えば終戦から二十数年しか経っていなかった時代。会堂の片隅に座って説教を聞いている老婦人が肩を震わせて泣いておられました。私は思います。あの時代の方たちはご無事で信仰生活を全うしたのだろうかと。

Ⅱ だれも自分の老後を考えなかった時代

私は五十歳になる年に献身しましたので、東神大を出て、成宗教会に赴任した時、私はこれが最初で最後の赴任地と何となく心に決めていました。アッという間に十七年が過ぎたという実感です。

さて、成宗教会もまた初めから高齢化の問題を抱えていました。教会に忠実に仕えて来たその当時の役員会のメンバーの一人は、私が赴任した年に認知症専門のグループホームに入居しました。また同じく役員だった別の人は、初めて礼拝で出会った日に、これから入院してガンの手術を受けますと言いました。成宗教会には、私の前々任者が作って残そうとしたカードがありました。今時の言葉で言うなら、いわゆる教会員の終活カードで、名前は『旅立ちの日のために』というアンケートでした。その目的は、教会の会員一人一人に、自分の最期についての要望を聞いておくことであったのだと思います。そのカードには、万一の場合、だれに連絡を取れば良いか。葬儀についての希望の有無。納骨する場所、家の宗教との関係等々、教会員の個々の実状や希望について、かなり詳しく書くことができるようになっていました。しかし、私はここでも衝撃を受けました。なぜなら、実際にそのアンケートに答えたという記録は、一人を除いてだれもいなかったからです。

つまり、ただ一名の方だけが明確に、「成宗教会で葬儀を」と答え、自分の愛唱讃美歌など登録していたのですが、しかし、私は結局その方には全くお会いすることはできませんでした。なぜなら私が赴任した時、既に彼女はどこかの老人ホームに入居しており、その息子さんは自分も成宗教会員でありながら、教会の後任者である私に、母親のいる施設を知らせてはくれなかったからです。せっかく本人は自分の葬儀の時にこの讃美歌を、と希望しておられたのに、家族から知らせが届いたのは、彼女が亡くなってから、お骨の写真一枚だけという結末になりました。

だれにも間違いなく来る日は、地上での最後の日であります。それなのに、だれもそのことを考えないということに私は唖然としました。しかし、次第にだんだん分かって来ました。皆さん決して考えなかったのではない。けれども、実際どうすれば良いのか、考えが及ばないのだと。しかし、それは更に深刻なことです。なぜなら、だれも自分の最期について見通しがないということは、つまりだれもが明日も知れないということだからです。

わたしたちは、なぜこんなことになってしまったのか、と考える時、その理由のひとつは、まず自分が老いるということそのものが、受け入れられないからではないか、と私は思います。社会全体がそういう風潮であることは、高度経済成長期から少しずつ始まっていたと思いますが、こういう感情は当然教会の中にも入り込んで来ていました。私は教会の70代の方が、「おばあさん」と呼ばれたくないどころか、「おばさん」と呼ばれるのも嫌、と言っていたのを思い出します。また、成宗教会では、バブルの時代の敬老の日に、牧師が70歳の方にお祝いを渡そうとして拒絶されたという逸話も残っていました。高齢化は厳然とした事実なのに、それを認めたくない。人は例外なく皆老いて、終わりの日を迎えるのに、そのことを拒否していたのです。

これは深刻な問題だと思います。なぜなら、自分が老いていくことを受け入れない、ということは、老いている人を見ても自分に置き換えて考えないということになるからです。

つまり、イメージする能力がないということです。マタイ9章36節に言われます。「また群衆が飼う者のない羊のように弱り果てて、倒れているのをごらんになって、彼らを深く憐れまれた」と。しかし、このようにイエスさまが深く憐れまれた人々のことも、自分の現実の中ではイメージできないのではないでしょうか。なるほどイエスさまは憐れんでくださる。けれどもそれは、飼う者のいないかわいそうな羊だけだ。そして自分はかわいそうな羊ではない。自分はちゃんと教会の中にいて、イエスさまを信じている。だから飼う者のいない羊のようではない、という意識があったのではないでしょうか。

しかし、現実は違っていました。自分たちがいつまでも若いという意識と、現実との差。それなのに、教会の一員として生きて終わりの日を迎えるという決意は曖昧なのです。その結果、直面する突然の事態です。私が赴任して二年が経った時、ある教会員が突然召されました。七十一歳の独身の男性でした。大変忠実な礼拝者であり、教会役員として教会学校校長として長年奉仕していました。ところが彼は受難節に風邪を引き、ひどく痩せました。イースターを迎えたので、無理をしないでお休みくださいと私は申しました。同時に「寝込んだら、必ずお見舞いに行きます」とも言いました。すると彼は「いや却って熱が上がりますから来ないでください」と答え、笑いを交わしてお別れしました。実際この方は独り暮らしでお世話する人もいなかったので、万一の場合、教会としては入院のお世話も必要では、と私は思っていたのです。

次の週、彼は本当に欠席されたので、私は主人と共にお宅を訪ねました。そして彼が家の廊下にうずくまって冷たくなっているのを発見しました。警察も救急車も駆けつけましたが、駆け付けるべき役員は皆、高齢のため来られませんでした。そして連絡すべき身内はどこにいるのか、警察に捜してもらわなければなりませんでした。その人は中学生の時からそこに住み、成宗教会に通っていたのに、教会は身内の連絡先も、彼の長年の勤め先も知らなかったのです。そして教会の人々のショックは計り知れないものがありました。なぜなら、その当時、自分より若い人が先に逝くとはだれも予想しなかったからです。それは、また一緒に教会で奉仕して来た自分たちの仲間が突然いなくなったことに対する深い悲しみだったに違いありません。しかし、私はこの教会員の葬儀式を終えた時、教会の牧師としての(まだ補教師でしたが)大切な務めを一つ果たしたという感慨が致しました。

この方は亡くなる頃、身内から強く勧められ、家をたたんで沖縄に引っ越して一緒に暮らすことになっていました。大人しい性格で身内に逆らえない彼は、しかし生まれながらの地元の人。たとえ死んでも家を離れたくない、教会を離れたくないというのが本心だったと思います。それで私たちは思いました。神様は彼を、わたしたちの教会から、彼の住み慣れた家から、御許に召してくださったのだ、と。そして忠実に礼拝を守っていた彼だから、自分が礼拝を休んだら、伝道師が早速駆けつけて来ることを、彼は信じていたことでしょう。だから彼は自分の遺体がだれにも発見されず長く放置されることはない、と安んじて、息を引き取っただろうと思います。教会は悲しみの中にも、心から思うことができました。本当にこの方は苦労の多い人生を送ったけれども、私たちが考えられる限りの最良の最期を迎えたのだ、と。そこで初めて教会は慰めを受け、感謝が湧いて来ました。そして、いつまでも良い思い出が教会に残されました。

私たちがキリストの御名を信じて教会の一員となったということは、地上にある限り最後まで、地上の教会に所属するということです。もちろん天上の教会に名を記されていることは一番大切なことですけれども、だからこそ、地上でどのように最期を迎えるかが問題ではないでしょうか。クリスチャンの最期の姿は、貧しいとか、豊かだとかいう問題ではありません。病気がどうだとかこうだとか、という問題でさえないでしょう。ボケているとかいないとかさえ、問題にならないと私は思います。そのようなことは、人間としてはもちろん気にかかることではありますが。一番大切なことは、教会が、教会員を、教会員として教会から天に送ることだと思うのです。

Ⅲ 認知症でも忘れないこと

私が神学生としてお世話になった教会で、仰せつかった仕事の一つは、認知症で独り暮らしの教会員の訪問でした。都内の一等地にあるその方のお住まいは、治安も心配ないところでしたが、長年の独り暮らしの間に、ものみの塔の人が上がり込んで訳も分からないままに王国会館に連れて行かれたということがあり、その方を訪問し見守るのが私の役目でありました。しかしその方は、話の内容の記憶が大体15分もするとなくなるのです。だから何回訪問しても初対面のように挨拶するのは大変でしたが、その方も私を見て「この人は誰だろう。何しに来たのだろう」と、毎回、初対面のように緊張するのではないか、と思うと、実に痛ましい思いがしました。しかし、不思議なことに、全く何も記憶に残らないのではないようでした。彼女の心のどこかにうっすらと積もった雪のような淡い記憶が残るのではないかと、だんだん思うようになりました。たとえ名前は憶えてもらえなくても、回数を重ねるうちに、その方との間には何となく信頼関係が生れたからです。

このような経験が成宗教会でも役立ちました。教会の中で中心的に活躍していた教会員の何人かについて、お話することは、神さまの恵みを証しする光栄となります。そのお一人F姉は、亡くなるまでの三年間認知症専門の共同ホームで過ごしました。ご家族は礼儀正しい方々ですが、私に笑いながらこう言われるのです。「先生、わざわざいらしても、母は全然覚えていませんよ」と。私をがっかりさせるためにそう仰ったのではないのですが、ご家族は信仰を持っておられないので、「何でもすぐ忘れる人の所に訪問するのは無駄なことだ」と考えたようです。無理もないことですが、正直、私にはサタンの嘲笑う声を聞くような思いがしたものです。それは、私が認知症の教会員の訪問することを無駄だ、無駄だと言って私の気持ちを挫けさせようとする圧力です。

そこで私はこのような教会員に対して、名前を憶えてもらうことも、牧師であると分かってもらうことも、あきらめました。ただ、いつでも「成宗教会から来ました」と挨拶したのです。すると、不思議なことに、F姉の顔がほころびました。相手が誰か分からなくても、成宗教会と聞いた途端に彼女は笑顔になります。そして、このことは他の高齢者にも全く変わりなく言えることでした。

成宗教会には九十代の信仰の友のK姉がいて会いたいというので、ある時、私はK姉をお嫁さんと共にお連れしました。F姉は大変喜んで最後にお祈りをしました。「神さま、今日は札幌教会の皆さんがお訪ねくださり、ありがとうございました。」F姉は若い頃、札幌教会の会員だったからです。でも、訪問したK姉の方もその間違いを全然気にしてもいませんでした。もはや教会は、札幌教会であろうと、成宗教会であろうとどちらでもよいのだろうと、私は感じました。そしてイエスさまの教会を信じるということはこういうことではないかと思わせられました。この方の最期は敬老の日の翌日でした。義理の娘さんとお嫁さんとお孫さんがお祝いに来て会食を楽しんだその晩に倒れ、丸一日も寝込むことなく召されました。

もう一人の教会員I姉は認知症だけでなく、リューマチも患いながら、自宅で最期を迎えました。私の二代前の牧師の時代に、会計役員だった彼女のご主人が急逝したのですが、その家のお墓は港区のお寺の中にあったので、教会で葬儀をしてからそこに埋葬したいと申し出たそうです。すると、お寺さんに激怒され、聞いた話によれば、「墓石を掘り返して、先祖の骨を全部放り出してやるから、持っていけ!」と怒鳴られたということでした。そのとき、当時の牧師はどんなに悔しい、悲しい思いをされたことか、と私は思うのです。そんなことの後で、その牧師は成宗教会に墓地を取得する計画を教会総会に提起したのだと思います。

私が残されたI姉の所に赴任の挨拶に行ったのは、それから10年後のことでした。家に入ると、居間には仏壇と位牌がありました。その時、I姉が開口一番「父ちゃん、あの世に行っちゃったよ…」と言ったのには呆然としました。さらに同居していた息子さんが自分の母親を指さして、私に「この人、ボケてるよ」と言ったことも思い出されます。真にこのご一家を襲った悲しみの大きさ、深さを思わされます。I姉もまた、私が成宗教会の先生の次の、次の先生であることは、最期まで分からなかったかもしれません。しかし、私はだんだん確信が湧いてきました。家の入口に立って、「教会から来ましたよーっ!」と叫ぶと、皆さん笑顔になることを。皆さん、教会を信じているのだと。

I姉の最期についても述べたいと思います。ある春の日にお宅を訪ねると、訪問介護の若いスタッフが三人も来ていました。その中の一人の青年が彼女に食事を介助しながら、話しかけていました。その時、私は教会から来た話をして、彼女の若い頃の活躍についてこう話したのです。「Iさんはお若い頃、友の会で家計簿の指導をされていたのです。素晴らしい方なんですよ」と。すると、彼女の顔に一瞬、パッと赤味が射しました。それは、ぼんやりした認知症の人の表情ではなく、昔の彼女が偲ばれるような理知的で輝くようなお顔でした。私は一瞬、彼女の溌剌と活動していた時代を垣間見た気がしました。すると、食事の介助をしていた青年はすかさず、「へえ、Iさん、すごいんだねえ。それじゃ、ご飯をしっかり食べて、一緒に教会に行きましょうね」と言ったのでした。それから二、三週が過ぎた穏やかな五月の夜明けに、彼女は美しい新緑に囲まれた自宅で静かな最期を迎えたのでした。

Ⅳ 「一緒に教会へ行きましょうね」

一緒に教会へ行きましょうね、という一言。このことをわたしたちはどんなに言いたい事でしょうか。しかし、実際には誘っても、誘っても来ない人が多いのです。また、うちの教会の会員なのに、なぜか来なくなっているという人が少なくありません。「この人は無理矢理勧められたから洗礼を受けたはずはないのに・・・。自分で神さまと会衆の前で誓ったことなのに・・・」といくら嘆いても、どうにもなりません。

しかし、この言葉にも私は主の御業の不思議さを思わずにはいられません。教会を知らない、行ったこともない青年が、何気なく言った一言、「一緒に教会へ行きましょうね」という一言に、どんな意味が込められているのかは、言った本人にも分かりません。私たちさえ、気がつかないのです。しかし、この言葉が掛けられたその直後に、召されて行った教会員は他にもいました。Sさんも昔、婦人会で大活躍したのですが、私が赴任して初めてお訪ねした時には、既に寝たきりになっていました。私は話の出来る方ならともかく、目も開かない病人を前にして、どうしてよいか分からない状態の、新米伝道師でしたから、寝ている本人も困ったのでしょう。いびきをかいて寝ているふりをしていたのかもしれません。そして娘さんもお嫁さんも信者でない方々でしたから、それを見てさぞ可笑しさをこらえていたことでしょう。

それでも、主の憐れみの証しされないところはありませんでした。この方は足の指が壊疽になり、切断しなければならなくなりました。手術の後、この時もまた、私は彼女の友人であった教会員K姉とお嫁さんをお連れしてお見舞いに行きました。いつもは寝たふりをするのが常であったS姉は、懐かしい信仰の友が枕元に立っているのが分かりました。それで、見えない目を凝らして懸命に見ていました。その時お見舞いに来たK姉は言いました。「Sさん、早く良くなって一緒に教会に行きましょうよ」と。まあ、ここまで弱り果てては教会に行けるはずはないから、この人は気休めを言っているのか、と思うなら、それは本当に不信仰なことです。なぜなら、言われた当人は、心の底から安心したに違いなかったからです。「ああ、私は教会に行けるのだ」と。地上の教会に行けなくても、私たちは罪赦されて、天の教会に招かれているのですから。それから二日後に彼女は召されて行きました。

Ⅴ 訪問聖餐―その有難さと恐ろしさと―

(1) 初めての病床聖餐・・・T姉の最期の聖餐

高齢の教会員が礼拝から離れて久しい場合は、その多くが認知症的な状態になっていることは、私の経験上の事実です。こういう方々が聖餐の希望を自分から申し出るということはなかなかできない、またはしないのではないかと思います。礼拝の聖餐式でも、司式者が「ふさわしくないままで聖餐に与る者は・・・」という式文のところを読み上げると、明らかにギョッとして、それからしばらく姿を見せなくなる方がいました。「ふさわしい、ふさわしくない」という言葉を信仰的にどう理解するか?から、わたしたちは教育される必要があるのです。そして、自分は主に対してふさわしい者であるとは思えないという気持ちがあるわたしたちですが、それでも牧師に対して「聖餐を受けたいのでいらしてください」ときちんとお願いするように、わたしたちは教育されていなければならない。訪問聖餐を受ける立場になるまでにそうしなければならないと思います。

こうした意味でも、主は私を伝道者として大変恵んでくださいました。成宗教会には元牧師夫人であったT姉がおられました。既に九十歳を過ぎ、一人で教会に来られなくなっていましたが、ある日ご子息が来られ、母はもう長いことはないと知らせました。それは私が教区総会で按手礼を受けるその当日でした。私は次の日、病院を訪ねました。するとT姉はぐっすり眠っておられました。眠っている人にどうやって聖餐式を執行できるだろうかと心配でしたが、私は「明日の同じ時間に聖餐式に参ります」とお嫁さん方に話して、その足で訪問聖餐の用具を買いに教文館に行きました。そして次の日病床に伺うと、何とT姉はベッドの上に起きて、手を合わせて待っておられたのです。しっかりと感謝して彼女は聖餐に与ることができました。そして次の主の日の明け方に地上の生涯を終えられました。

(2) 家族の心配

T姉の聖餐式執行は私の牧師としての初めての務めとなりました。そして、ご家族が牧師の家の方々であったので、何の問題もなく恵まれました。しかし、年老いた親を持つ家族の方の中には、親の老い衰えた姿を人前にさらしたくない、という強い思いがあり、なかなか受け入れられない場合もあります。特に親が認知症の場合はそうでしょう。高齢になってから東京に引き取られて成宗教会に来たW姉は、大変信仰深い信者であるということを聞いていたので、亡くなる前に聖餐式を、と私は家族に伝えましたが、一番抵抗されたのはご子息でした。その方は、母が聖餐のパンと杯が分からなくなって、「なんじゃ、これは?」というのではないか、と心配されたのです。母はあんなに教会のことしか考えない母だっただけに、ボケてしまった姿を最後に見せたくないという子供の思い。本当に親が認知症になってみないと分からない苦しみであります。感謝なことに、ご子息の心配は杞憂に終わりました。私がご自宅のベッドの前で開口一番、「今日は聖餐式のために参りました」と言うと、彼女はすぐに布団の上に手を出して胸の前に組んだのでした。

聖餐に対する畏れ、その慰めに満ちた証しは、多くの高齢者、礼拝を守ろうとして守ることができなくなった人々によって、わたしたちに与えられています。特にリューマチのためにまっすぐに座っていることさえ困難だったI姉は、私が「聖餐を受けられますか」と声をかけると、座椅子に寄りかかっていた体が、まるで機械仕掛けの人形か何かがゆっくり移動するように少しずつ前に傾いて来ました。そして最後に彼女は、「謹んでお受けいたします」とゆっくり返答されたのでした。

(3) 物素について

聖餐のパンと杯の内容について、具体的にはどうするべきなのか、どこまでのことが許されるのかについては、私は未だかつて公の学びに参加したことはありません。パンについては、成宗教会ではカトリック教会のウェハースを四谷のドンボスコ社で入手していたことがありました。今は普通の食パンですが、教会の中には小麦アレルギーの方もいることが認識されるようになり、グルテンフリーのパンを探したこともありました。杯については、本来ぶどう酒なのですが、アルコールを禁じている教会の伝統があったり、未成年者やアル中の人をも考慮するということで、細かく配慮することが必要だと分かります。

成宗教会の50年記念誌には、有馬牧師が15歳で召天したご子息の最期の病床で、カステラとオレンジジュースで聖餐式を行ったというご家族の話が残されています。私の母は仙台の老人ホームで私が洗礼を授けましたが、そこは、大変キリスト教に理解のない施設で、私が家族であっても警戒されるような所でした。それで私としては、聖餐式も怪しまれないようにということもあり、旅行中で十分な準備ができないということもあって、いつもの訪問聖餐の道具を使わずに、普通のコップでぶどうジュースと丸いパンで聖餐式を行いました。96歳の母も立派な認知症と言われていましたが、やはり違いが分かるのか、「何だかこれはちがうじゃない?」という表情をしていました。

聖餐式では、物素も決しておろそかにできないことを実感したことです。

Ⅵ 教会を建てるのか、壊すのか

(1) 他教派との礼拝での聖餐

成宗教会が加盟させていただいた頃、東日本連合長老会の教会と違うところはいろいろありましたが、その一つに、浴風園キリストの会という超教派の老人ホーム伝道がありました。月一度の集会に、日本基督教団と福音派のそれぞれ二つの教会の牧師たち四人が交代で礼拝の説教を担当していました。ちょうど私が奉仕した頃は未受洗者陪餐が日本基督教団の中で大きな問題になっておりましたので、私自身も非常に神経をとがらせていました。なぜなら、聖餐については、他の教派でも一致していないことは耳にしていたからであります。

キリストの会ではクリスマスとイースターで聖餐式を執行していました。その司式も四つの教会の牧師が交代で行ったのです。ところがある時、某福音派の教会の牧師が聖餐を前にして未受洗者でも聖餐に招きたいような文言を皆の前で語ったのです。私は唖然としました。そして、すぐ隣にいた同じ教団の教会の牧師に耳打ちしました。「これは由々しい問題ではないですか」と。ところがその牧師は平然としてこう言ったのです。「問題なのは教憲教規なので、それを変えれば問題ではなくなる。」教師でさえ、聖餐を正しく理解しないのであれば、信徒は何が正しいのか分からないのは当然でありましょう。何よりも一致していなければならないことで一致できないのでは、心を合わせてイエス・キリストを宣べ伝えることはできないと実感させられました。

(2) 幼児洗礼のままの人々の陪餐の問題

ちょうど教団全体でも西東京教区でも未受洗者の陪餐が大きな問題になっていた頃、私は未陪餐会員が信仰告白をしないまま聖餐に与っているという問題に直面しました。東京神学大学では幼児洗礼の意味について、講義を受ける機会はなかったと思います。

そこで私は、とにかく幼児洗礼を受けている者は、信仰告白をしない限り、聖餐に与ることがあってはならないと思い、そのことは教会で徹底されているとばかり思っておりました。当然、私は幼児洗礼のままの未陪餐会員には、「信仰告白をするために学びましょう」と声をかけていましたが、教会員の中には自分の家の未陪餐の家族が牧師から誘いを受けることを嫌がる人がいるのには驚きました。そうかと思うと幼児洗礼のままでずっと陪餐していた会員もいて、誰もそのことに気づかなかったと思われ、私も本人から打ち明けられるまで全く想像もしていませんでした。これもまた私には深刻な問題と思われました。

毎年各教会に配布される連合長老会全国会議の資料の付録1には、洗礼、聖餐に関する基本的見解があって、その最後に「未陪餐会員の陪餐について」という項目があります。「未陪餐会員(幼児洗礼のみを受け、信仰告白をしていない者)は、各個教会長老会議による試問を受け、信仰告白式を経ることによって初めて聖餐にあずかることができる。我々は、幼児洗礼を、教会への入会のサクラメント(聖礼典)として認めるのであるから、未陪餐会員の陪餐を絶対的に否定するものではない。ただ、自覚的な信仰告白に生きる者の群れとしての教会形成を重んじて来た改革教会の教会理解においては、未陪餐会員の陪餐よりも、信仰告白へと導くことをこそ考えるべきである。」

私は当時、東部連合長老会に個人加盟したばかりでしたが勉強不足であり、連合長老教会としては、「未陪餐会員の陪餐を絶対的に否定するものではない」という立場であるということを後になって認識しました。当時は、日本基督教団は教会の信徒を陪餐会員と未陪餐会員に分けていることからして、未陪餐会員である幼児洗礼のみの会員は、当然聖餐に与らない。与ってはいけないはずだと思っておりました。この問題について適切な対応を取ることができなかったことは一重に私の責任であったと思います。しかし、一方、幼児洗礼の会員については、幼児洗礼を受けたということはどういう意味なのか、ということを当事者に教育することは、教会の務めではないかと思います。幼児洗礼を受けた者は自分がそうだという記憶も自覚も曖昧な人々が多いのではないでしょうか。その人々には洗礼が教会への入会式であることや、親と教会の信仰を学び、受け継ぐことが祈り求められているはずです。そうでないと幼児洗礼のままでいる本人はもちろん、親までが全く幼児洗礼について何も考えていないので、「牧師はうるさい」と思うというのは序の口で、場合によっては、ユニタリアンの信仰のように、「神は認めるけれどもキリストは認めない」ような人々を教会に連れて来て、無理に聖餐に与らせるという事件も、私の経験した事例にはありました。

Ⅶ  終わりに――飼う者のある羊のように――

教会の牧会について話を進めていくと、その結果は事件、発見のオンパレードのようになってしまいましたが、この辺でまとめなければなりません。私が伝道者としての務めた十七年(正確には十六年半)を振り返った時、確実に言えること、感謝せずにいられないことは、多くの教会員に支えられたということです。そしてその多くの方は高齢の方々でした。クリスチャンは自分に何かできると思っている時には、本当に主の御用に仕えているかどうかは分かりません。自分のすばらしさに思い上がって、実は飼う者のない羊状態になっているのに、主から心が離れてしまってもそのことに全く気がつかない。こういう状態では教会に奉仕しているつもりでも、主の教会を建てる働きからは程遠いことを痛感します。

ところが成宗教会には、今は活躍もできない高齢者が多くいました。私が赴任して最初の仕事は教会員の入院先に訪ねることでした。当然予告なしに訪ねたのですが、その方はやせ細ってベッドのスペース半分が空いていたことを思い出します。私が名乗ると彼女は枕の下から写真を取り出しました。それは何十年も前に若くして亡くなった成宗の婦人教職の写真でした。そして、その先生は私と同名だったので、「節先生が戻って来た」と言われたのです。この不思議な出会いと言葉は、赴任したばかりの私の背中をそっと押してくれました。

また、赴任した頃、「私は八十歳になりました」と言って話しかけて来た教会員がいました。それ以来、彼女はできる限り礼拝を守って、何かしら私に励ましの言葉をかけ続けてくださいました。女子大の教育に長く携わった方にふさわしく、私には未熟なところが沢山あったにも拘わらず、ひたすら良いところを探して励ましてくださいました。本当にありがたいことでした。私は、ガラテヤ3章28節の「もはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、・・・男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」という御言葉はそのまま受け入れていますが、それでも男性は男性を、女性は女性を教育し、保護し、支えることが大切だと思っています。私は、教会には女性の会員が多いので、女性教職も用いられるのではないかという思いもあって献身しましたが、このように自分が支えるよりも、年配の女性に支えられ、励まされて務めを果たすことができました。このことは、思いがけない、また何にも代えがたい恵みと感謝しています。

さて、その一方、次世代を担う若い人々への伝道と牧会について、私の失敗や限界の話の方は、言い出したらきりがありません。今、この務めは次の時代へと引き継がれることがふさわしいと思っております。七十歳で退くということは、超高齢化社会にあっては、早いとか言われることもあるでしょう。しかし、超高齢化社会というのは、少数の若い人々にとっては多くの務めを果たさなければならない超多忙な社会でもあり、教会においては、更にその状態は深刻です。わたしたちは若い世代に譲ってしまえば、それでお終いではありません。わたしたちは、今年バッタリ倒れるかもしれないし、また百歳以上生きるかもしれない。どちらにしても「後はどうなっても宜しく」という訳には行かないのです。私たち先に年を取るものは、ひたすら後から来る世代に後始末を頼むのではない、そうではなく、若い世代に慰めと励ましとなるように、生きなければならない。またそのように死ななければならないのです。

今日の私の話は教会の未来に、特に若い方々には明るい話という訳には行かなかったかもしれませんが、しかし、私は決して暗い話をしたつもりはありません。「収穫は多いが」と主イエスが言われているからです。自分に自信満々になって御言葉を聴かないような人生もわたしたちに長続きはしません。「収穫は多いが」という主の御言葉は、福音を受け入れる気持ちになっている多くの人々がいることを示唆しています。「だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」と主は言われます。働き手とはだれでしょうか。福音伝道者でしょうか。牧会者でしょうか。それももちろんでしょうが、しかし伝道者、牧会者を送ってくださる大本の方は、聖霊を送ってくださいます。わたしたちが願うことは、期待することは、聖霊の主の働きそのものです。

私が証しさせていただきたい一番のことは、何の力もなくなった人々こそが主イエス・キリストの死を証しするために用いられていることです。最後に再び聖餐の話を致しますが、中村恵太先生が伝道師でいらしたころ、私も聖餐式のために十貫坂教会に伺い、そしてご高齢の教会員のお宅に訪問聖餐に伺いました。この話は十貫坂の礼拝でもさせていただいたのですが、その方は本当にご高齢でしたので、私は何よりも誤嚥性肺炎のことを心配しました。そこで私が遠慮して少しだけ、その方の唇に触れるだけにとどめようとしたときに、この方は渾身の力で杯にかぶりついて与ろうとなさいました。そうして三日目に召されて行きました。聖餐を受けることの有難さ、死を超えて主の命と結ばれるご自分を証しされたのです。

キリストに結ばれた命を証しする生涯。わたしたちの生きる目標はここにあります。主がわたしたちを用いてくださるのは正にこれからです。牧師であろうと、長老であろうと、信徒であろうと、何の区別もありません。等しくこの目標に向かってどのように生きるか。元気なうちは張り切って教会に通った。しかし、礼拝に出られなくなる。すると気が弱くなって、「私は何のお役にも立たなくなった」と思う。遠慮して牧師先生に来てくださいとも言えない。言えない理由はいくらでも出て来るでしょう。こんな遠くまで来てくださいと言うのは申し訳ない等々。そういうことで聖餐にも与ることができないのです。献金も自分の足で郵便局から送れるうちは良いのですが、それもできなくなる。家族にも頼めない。こういう困難が沢山出て来ます。しかし「私なんかいなくても教会は成り立っていくから良いのだろう・・・」と思うなら、それこそ自分から飼う者のない羊を目指していることになるのではないでしょうか。

そうではなく、わたしたちは飼う者のある羊を目指しましょう。主に結ばれた自分を証しして最期を迎えるために、(それは長い長い道のりになるか、短い道のりになるか、分かりませんが)牧師を招いて、御言葉を聴き、聖餐に与り、献金を捧げて主を賛美する生活を目指しましょう。人生にこれ以上高い目標はないと思います。これは主の教会の形成にわたしたちも最期まで参加させていただけるという実に喜ばしい目標ですから。

神の安息にあずかる

聖書:出エジプト記20811節, マタイによる福音書1218

 私たちは代々の教会、全世界の教会が受け継いで来た教会の信仰を学んでいます。それは、使徒信条と 十戒 と主の祈りの中に表されています。今、私たちは十戒の三つの戒めを学びました。第一と第二と第三の戒めに共通していることがあります。それはどれも心の問題、すなわち形に表すことのできない神さまと私たちの間の問題であるということです。第二戒の「あなたはいかなる像も造ってはならない」については、もし人が像を実際に造ったり、拝んだりすれば、確かに形に表れるでしょう。しかし、人があからさまに偶像を拝んでいるという形を取っていない場合でも、人の心に密かに神以外のものにひれ伏しているということはいくらでもあります。そしてそれは外側からは全く見えないのです。

それに対して、本日学ぼうとしている第四戒は、明らかに外側に表れる形を伴っている。第四戒は「安息日をおぼえて、聖としなさい」というものです。安息日は、神さまに捧げる日であります。それは形に表れます。安息日には労働をやめることが求められるからです。自分のためであろうと、家族のためであろうと、または雇われているご主人のためであろうと、一切人に関わる自分の働きをやめることが求められたのです。

それでは、なぜ神さまは安息日を制定されたのでしょうか。それには、三つのことが考えられます。その一つは、神さまが天地創造の業を六日で完成させ第七の日に業を終えて休まれたという聖書の言葉に根拠をもっています。そこで神さまは、第七日目の休みという象徴の下に、イスラエルの人々に霊的な安息を持つことを望み給うたのです。それは、神さまを信じる人々が、神さまが自分たちの中に働いてくださることを信じてお委ねし、自分たちの業をやめることです。自分の仕事、やるべきことは延々と続くと思って休まらない心も魂も、神さまに信頼して、「休みなさい」という命令に従う。イエスさまは教えられました(マルコ4章26-7節、68頁)。「人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない」と。神の国に向かって信仰者を成長させてくださる神さまにお任せして、安息日を守ることが命じられているのです。

安息日の制定について、神さまが求められる第二のことは、その日に人々が集まって律法を学び、儀式を執行することです。少なくとも神さまからいただいた恵みの御業について考えるために、特に捧げる日が定められることです。そして神さまは、人々がこの日を覚えて信仰生活を訓練することを望んでおられるからです。そして安息日の第三の意義は非常に具体的なことです。すなわち、自分の家のために労働する人ばかりでなく、あらゆる人々の支配下にある労働者に休みの日を与えること。たとえば、主人が働き続ければ、その家の者たちも休むことはできません。家畜に至るまで、安息日を守らせることによってすべての者に労働の免除を得させようとし給うたのです。そしてこの律法は、イスラエルの共同体の中に生きる外国人にも全く同じに適用されるように命じられました。

「安息日を守り、聖としなさい」について、以上の三つの意義をお話ししました。これが第四の戒めでありますが、ここで注目すべきは、神さまはこの戒めを他の戒め以上に重要なものとされたことです。それは、聖書の多くの個所で安息日の戒めについて特別に語られていることがあるからです。出エジプト記31章13-14節。「あなたは、イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。あなたたちは、わたしの安息日を守らねばならない。それは、代々にわたってわたしとあなたたちとの間のしるしであり、私があなたたちを聖別する主であることを知るためのものである。安息日を守りなさい。それは、あなたたちにとって聖なる日である。それを汚す者は必ず死刑に処せられる。だれでもこの日に仕事をする者は、民の中から断たれる。」146下。

非常に厳しい掟であることが分かりますが、それは安息日が単に仕事を休み、体を休める。何もしないための日ではないからです。安息日は霊的な休みの日です。それは自分の心身を使っての働きを止めるだけではなく、神さまの御業、そのお働きを瞑想する一日として定められた日なのです。ですからイザヤ書58章13-14節にこう書かれています。「安息日に歩き回ることをやめ、安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日と呼び、これを尊び、旅をするのをやめ、したいことをし続けず、取り引きを慎むなら、そのとき、あなたは主を喜びとする。」1157下。

イスラエルの指導者たちはこれを厳しく守り、人々に守らせました。けれども、「安息日は霊的な休みの日」と教えられても、人間には外側に見えることだけしか見えないし、分からないものです。その結果、戒めを与えられた神さまのお心を思うことに、心を傾けることは次第になおざりにされ、その一方で形式だけが厳しく問われるようになっていったようです。

今日の新約聖書は、マタイ12章1節以下を読んでいただきましたが、ここに登場するファリサイ派の人々は、イエスさまの弟子たちの行為を見とがめました。彼らは、人の外側に見えるものによって、その人の信仰を図ろうとする代表的な人々でした。一方、人の内側にあるものは見えないので、ひたすら外面的な正しさだけを追及するのです。彼らは律法学者と共に第四戒から考えて、安息日にしてはいけないことの規定を具体的に増やして行きました。それは何百年もの間になされて行った律法の体系でした。それを厳格に当てはめて人を裁くのです。12章の記事でも、彼らは、イエスさまの弟子たちが安息日に麦の穂を摘んで食べるという行為を労働と位置付けました。

マタイ12章2節。「ファリサイ派の人々がこれを見て、イエスに、『御覧なさい。あなたの弟子たちは安息日にしてはならないことをしている』と言った。」このとがめは、実はイエスさまに対する妬みから出たもので、彼らは弟子たちに言いがかりをつけ、何とかしてイエスさまを陥れたかったのです。それに対してイエスさまは、名高いダビデ王の例を挙げることで弟子たちを弁護されました。3節以下。「そこで、イエスは言われた。『ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、ただ祭司のほかには、自分も供の者も食べてはならない供えのパンを食べたではないか。』」

それはダビデ王がまだ若く、サウル王の家来であった時のことです。勇敢な武将であった彼は大変な手柄を立て、国民の人気はサウル王を遥かにしのぐ者となりました。しかしそのためにサウル王に妬まれ、命をねらわれる者となったのです。イエスさまが語られた話はダビデ王が逃げる途中の出来事です。神殿には普通のパンがなかったので、祭司は聖別されたパンをダビデに与えました。それは一般人が食べてはいけないことになっていたのですが、神さまはダビデの必要を認め、罪を問われなかったのです。もしダビデが空腹でパンを必要としていたことで、罪が赦されるならば、同じ理由が他の人々にも適用されなければならない訳です。この違反は、律法には違反していても、神さまに対する敬意について違反しているのでは全くないのです。

更にイエスさまは言われました。5節以下です。「安息日に神殿にいる祭司は、安息日の掟を破っても罪にならない、と律法にあるのを読んだことがないのか。言っておくが、神殿よりも偉大なものがここにある。」ファリサイ派の人々は、ひたすら人の外側に見えるものでその人の信仰深さを図ろうとしました。彼らは第4の戒めを守ることに集中しているようですが、しかし、安息日を与えられた神の御心を思わないのです。このような人々の偽善の罪は真に重いと言わなければなりません。

これに対して、聖書と教会は証ししています。イエス・キリストこそ神の御心であると。イエスさまこそ安息そのものであると証しするのです。ユダヤ人は金曜日の日没から土曜日の日没までを安息日として守っていました。しかしキリスト教では、主イエス・キリストの復活の日、つまり日曜日を安息日としています。なぜなら、日曜日は神の独り子イエスさまが、十字架にかかり死んで甦ってくださった日だからです。それで教会は日曜日の朝に礼拝を守っています。それは、イエスさまの復活を記念し、日曜日にすべての仕事と業を一度中断して、復活の主イエスさまに心を向けるためです。

イエスさまは言われました。「人の子は安息日の主なのである」と。このことは、イエス・キリストは彼に従う人たちを助けて、安息日を守る必要から免れさせる力をもっておられるということを意味しています。言い換えれば、真の神の子であり、人の子であられるイエスさまは、御自身の権威によって、安息日を解き放つことができると述べておられることになります。

実際考えてみれば分かることですが、もしキリストが来てくださらなければ、ただただ律法に従うことは大変な苦痛と悲惨を伴わずには済まされないでしょう。ただ主イエス・キリストのみが、神の自由の霊をもっておられます。そして、神さまは独り子であられるイエスさまを通して私たちに御自分の「子たる身分」を授ける霊を与えてくださいます。ローマの信徒への手紙8章15節にこのように書かれています。「あなたがたは、人を奴隷にして再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。」284下。こうして私たちはイエスさまの執り成しによって自由の霊を与えられ、目に見える形だけの律法から自由になり、神の御心を仰ぎ見る信仰によって第四の戒めを学んでいるのです。

確かに忙しい現代では、たくさんの仕事を中断して礼拝に集まることは容易ではないのです。しかし、神さまが創造の業を完成させ、その働きを中断して安息を取られたことを思い、わたしたちもこの日を礼拝の時としてすべてを捧げるように命じられていることを銘記しましょう。

もし、律法を厳守しなければ救いはないと考えるならば、わたしたちが救われることは大変に厳しいものがあります。しかしそれに対して、神の独り子イエスさまこそ、天地創造の業を終えて安息された神に等しい方ゆえに、そのイエスさまのおられるところに、既に真の安息があると信じる。これが教会の信仰です。安息日。その日は復活の主がわたしたちと共にいてくださる喜びと安らぎがあります。その日には集い、主の言葉を聖書から聴き、感謝と讃美の礼拝を捧げます。キリストが主となられたことの恵みを味わう時。この日が教会の安息日です。天地創造の時、神さまはすべてを造られ、すべてを良しとされました。その時に造られた最初の人間の姿が、聖霊の働きによって回復される日。それが安息日なのです。

私は明日の東日本連合長老会の教会全体修養会で講師の務めをいただいております。この17年間の成宗教会での牧会についてお話するつもりです。多くの方々に是非聞いていただきたいと思うのは、自分の失敗の話やあるいは成功の話をするからではありません。むしろ、この教会の貧しさ、過去の教師の苦難にも拘わらず、教会の過去の方々が皆、一人の御方を指し示すことになったことを語ろうと思います。聖餐を如何に主が授けてご栄光を現わしてくださったか。最も弱くなった人々に主の恵みがいかに現れたかを語ろうと思います。神の恵みは常に下を支えます。本当は上をも支えているのですが、ほとんど目立ちません。それは多くの人々が自分を誇り、自分を高める一方、自分を感謝と讃美する一人の礼拝者として集まることができないからです。

しかし今、ホスピスにおられる姉妹はちがっていました。若い時に多くの働き、多くの活躍をされ、年取ってから教会の中に入られ、それからも教会の外で沢山活躍されました。しかし次第に、礼拝を一生懸命守ることに専心されるようになりました。それは命がけであったと思います。このことを忘れないで主に感謝します。神さまの前に出ること、讃美と感謝に加わること、御言葉をいただくことを生きる務めとし喜びとされた方々を私は忘れません。彼らは神さまのものとされているからこそ、できるからです。主の霊は励ます霊。私たちはこうして励まされて、主の御前に立ち、そしてついには主と共に後の世代を励ます者となりましょう。

最後に、第四戒をもう一度心に刻みましょう。カテキズム問44 第四戒は何ですか。その答は「安息日をおぼえて、これを聖とせよ」です。わたしたちは神さまのものなので、礼拝するための特別な日を大切にしなければならないということです。祈ります。

 

愛と憐れみに富み給う主イエス・キリストの父よ、

尊き御名を讃美します。あなたの戒めを守り得ず、御心に従うことのできない私たちを憐れみ、その罪をイエス・キリストの贖いによって清めてくださいました。こんなにも私たちを愛し、罪人が罪の中にとどまり、闇の中にさまよい滅びに至ることを捨て置くに忍びなかったあなたの御心を思います。どうか背きの罪を赦し、この心を新たに造り変えて主の霊に従う者とならせてください。

成宗教会は高齢化が進んでいる一方、皆力を合わせて、福音の光が輝くように祈り働いております。あなたのお支えを感謝いたします。どうか、10月のバザーの行事を御心に適って御進めください。またあなたは教会学校の働きを祝してくださっていることを感謝します。成宗教会は新しい世代に、福音の恵みが受け継がれるよう祈りながら、次年度新しい主任担任教師が与えられることを待ち望んでいます。どうか連合長老会の中で成宗教会にふさわしい道が開かれますようにお導きください。そして、その備えのために長老会を励まし、また信徒一人一人が祈りをもって備えることができますように。

今、困難の中にある方々、特にお病気の方々を助け導いて、その悩みを聞き上げてください。教会のご家族の中に新しい命が誕生したという、この何よりもうれしい恵みを感謝します。どうかご家族を主イエス・キリストの祝福で満たしてください。

主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

唯一の真の神

聖書:エレミヤ1758節, マタイ4810

 神さまの国に招かれた人々の生涯は、神さまがどんなにわたしたちを愛して、慈しんで、救って下さろうとしておられるかを、知るようになる日々の歩みです。その神さまは聖書において御自身を証しされました。教会では聖書の言葉を聴き、神さまの言葉として聞いて、神さまを礼拝します。

さてわたしたちはカテキズム、信仰問答によって、今、 十戒 について学び始めました。先週は問の39、「十戒とは何ですか」という問いに対して、その答をわたしたちは学びました。十戒とは、神さまに救われたわたしたちが、御心に従って生きるために与えられた律法です。神さまに招かれた人々は、神さまがどんなにわたしたちを愛して、慈しんで、救って下さろうとしておられるかを、感じ始めました。この方の愛にどのようにして応えることができるでしょうか。その人々に与えられたのが律法です。

では、十の戒めとは、どんな内容なのでしょうか。わたしたちは出エジプト記20章にその内容が書いてあることを学んだところです。連合長老会の教会では、十戒を礼拝毎に読み上げている教会が多いので、わたしたちも、十戒がここにある御言葉であることをしっかり覚えたいと思います。カテキズムの次の問は、では、「十戒はわたしたちに何を教えてくれますか」という問いです。十の戒めを与えられた神さまの目的は、それによってわたしたちに何をお命じになっておられるかということです。

それは二つのことです。その第一に神を愛すること。そして第二に隣人を愛することです。イエスさまも、そのことを教えておられます。これほど、分かりやすい言葉はないと思います。素晴らしいと思います。しかし、これほど難しいこともありません。教える方も教えられる方も悩みに悩んでしまうほどのことなのです。私は十戒の学びの最後に改めてこの問いについて取り上げることと致します。そこで今日は早速、実際の戒めについて入って行きたいと思います。

問41は「第一戒は何ですか」と尋ねます。そしてその答は、「あなたには、わたしのほかに、何ものをも神としてはならない」です。池上彰氏の国ごとの宗教分類によれば、日本は仏教国となっていますが、それは江戸時代からの国家政策によるので、元々は八百万の神々がいると信じられていましたから、今でも、生まれた子は神社に御礼に行き、結婚式はキリスト教式もいますが、死ぬときは仏教式で、という人々が多いようです。私は昔、横浜で結婚する時に借家を探さなければならなかったのですが、候補の家を見に行ったら、赤い旗に黒字で何やら書いたものが何本も庭の傍らに立っていました。「これは一体何の宗教だろう」と少し心配しました。しかし後になってそれは商売繁盛のご利益があるという狐を祀っているので、毎年旗を立てる時期に当たっていたことが分かりました。こういう狐の祠のような物は日本では珍しくないのだと分かりましたが、ありがたいことに、あまり信じている様子でもなく、従って祟りを恐れている様子でもないようでした。

旧約聖書の中で神さまから十戒をいただいたイスラエルの人々はどうだったのでしょう。彼らの周りの世界も、今の日本の社会とあまり違いはなかったと思われます。エジプトの奴隷となって苦しんで、助けを求めた時、その叫びを聞いてくださり、彼らを解放してくださった神さまに彼らは従いたいと思いました。しかし、彼らが苦労して旅を続け、ついに住み着いた土地には、いろいろな神々を拝む人々がいました。隣の家の芝生は青いという諺の通り、イスラエルの人々には、他の民族がいろいろ拝んでいる神々の方が魅力的に見えました。そして彼らは自分たちが豊かになったときに、却って自分たちを愛し、慈しみ、その苦難の時の叫びを聞いて手を差し伸べてくださった神さまを忘れるようになったのです。

それは彼らの考えが、「神さまはお一人ではなく、大勢いて天地を造ったのだ」という考えに変ったということでは決してないでしょう。頭の中では、神さまはお一人と思っているのかもしれません。今日読んでいただいたエレミヤ書は紀元前7世紀のバビロニアの大王ネブカトネツァルによってユダ王国が滅ぼされ、バビロンに人々が奴隷として連れて行かれる直前の時代を記しています。人々はこの時代にも律法に従って神殿に行き、礼拝を守っていたと思われます。しかし、神さまが救いに招いた人々は、表向きは神さまに従っているようでも、実際には二つのグループに分かれています。それは目に見えて別れているというより、神さまの目にははっきりと区別される違いがあるということなのです。

その一つは不信仰な人々であり、神さまを信じている、礼拝している、と言いながら、心は遠く神さまから離れている人々でありました。そこで預言者エレミヤはその人々は呪われている、と叫んでいるのです。5-6節。「主はこう言われる。呪われよ、人間に信頼し、肉なる者を頼みとし、その心が主を離れ去っている人は。神は荒れ地の裸の木。恵みの雨を見ることなく、人の住めない不毛の地、炎暑の荒れ野を住まいとする。」

わたしたちもこの言葉を非常に真剣に聞きたいと思います。なぜなら、これは大昔のイスラエルに語られているのではなく、だれでも人間に僅かな望みでも置く人は、ある程度神さまから離れ去っているのでありますから。人が人を尊敬することは良いことです。しかし、それは人の持っているお金、地位、健康、才能を尊敬することになってはいないでしょうか。そして自分にもそれがあると誤解し、「まだまだ、もっともっと」と自分の望むイメージを追い求めて行くのです。そして神さまを失い、自分を見失ってしまうのでしょうか。良いものは皆、神さまから恵みとして各人に与えられているものであって、また神さまの望まれるときに取り去られるものに過ぎません。そのことをいつも弁えるならば、本当に望みを置くべきは人に対してではないはずです。だからわたしたちは厳しく戒められているのです。「人に望みを置く者は神に背を向けているのであり、神を見捨てているのだ」と。

不信仰な人、神さまに望みを置かない人は、枯れ木に例えられているのではありません。根もあるし、外見は生き生きしているようにさえ見えるのです。彼らは幸せに見え、自分でもそう思っている一方、神の教えを皆はねつけています。まるで自分たちは神さまには縛られないし、自由であると言っているかのようです。そういう人々は神の預言者の言うことには耳を貸しません。その結果は根もあり葉もある木なのに実を結ばない。炎暑が来ると干上がってしまうことになるのです。

さて、これに対して、もう一方のグループは、神に心から信頼する信仰者です。エレミヤは預言します。17章7-8節。「祝福されよ、主に信頼する人は。主がその人のよりどころとなられる。彼は水のほとりに植えられた木。水路のほとりに植えられた木。水路のほとりに根を張り、暑さが襲うのを見ることなく、その葉は青々としている。干ばつの年にも憂いが無く、実を結ぶことをやめない。」

本当に神に信頼し、望みを置く人は、どのような人でしょうか。宗教改革者カルヴァンはこう言います。「自分自身の災いと窮乏と裸と恥の意識に打ちのめされ脅えている者こそ、自己認識において最も進歩している。」わたしたちは思うのではないでしょうか。そんなに自分はダメだと打ちのめされていたら、何もする元気も勇気も出ないのではないかと。しかしそうではないのです。カルヴァンは続けて言います。「しかしまた、同時に、人は自分の中にないものを神に置いて回復すると学ぶ限り、自分を低め過ぎて危険に陥ることにならずに済むからである。」自分の中には何も良いものがない。しかし神さまは必要なものをすべて自分の中に回復してくださる、と信じることこそ、神さまへの信頼なのです。一体どうして自分にがっかりして落ち込んでしまう必要があるでしょうか。このような自分をも愛し、救おうとしておられる恵みの主がおられるのですから。

このことからわたしたちが学ぶべきことは、神さまが与え給うことを忘れ、神さまが与え給う以上に持ちたいと願うことは、自分に破滅をもたらすということです。わたしたちは聖書に登場する最初の人間がどのようにして悪魔に唆されたかを知っています。人は、善悪を知って神のようになりたいという願いを起こさせられました。しかし、神さまからの恵みによらないで、恵みとは別に、恵みを拒否して、自分の判断で善悪を知ることはい信仰の死をもたらすことになったのです。それは、神さまとの喜ばしい信頼の関係が断絶したということでありました。

わたしたちは新約聖書マタイ4章8-10節を読みました。これはイエスさまが悪魔から受けられた誘惑の一つです。「更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、『もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう』と言った。イエスさまが悪魔に高い山に連れて行かれ、この世の繁栄をごらんになったのは、わたしたちのように何か花々しいもの、キラキラしたものに心を奪われたからではありません。イエスさまはわたしたちの弱さを知っておられましたから、わたしたちのためにこの誘惑に遭ってくださったのです。

この世界の壮大な美しさ、あらゆる魅力的なものを支配したいという欲望のために、その願いを適えてくれそうな神でないものにひれ伏したいという誘惑。しかしあらゆるものを支配しておられる方は天地万物をお造りになった唯一の真の神さまではありませんか。それを忘れてしまう。それを思わず忘れさせるようなこの悪魔の傲慢な言葉。「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう。」何というあきれ返る傲慢ではありませんか。神さまのものを如何にも自分のものであるかのように言う詐欺師であり、泥棒であります。しかし、この言葉、この誘惑にわたしたちはいつも直面しているのではないでしょうか。そして時には悪魔と一緒になってこの傲慢な言葉を口にしかねない誘惑にさえさらされているのです。

イエスさまは言われました。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」真に、このイエスさまのお言葉こそ、十戒の戒めの第一であります。聖書は神さまのみを礼拝することを、つまり神さまだけに仕えることを命じています。わたしたちは主の祈りの中で、「我らの日用の糧を今日も与え給え」と祈ります。これはわたしたちに与えられるすべては神さまからいただく、という堅い信仰を表します。神さまからもいただけるけれども、他からももらえるかもしれないとか、他からももらいたい、ということでは決してありません。良いものはすべて神さまから賜るものと信じるのでなければ、どうして様々な思いがけない試練の時に、救いは主から来ると信じることができるでしょうか。

最後に、ローマの信徒への手紙8章32節を読みます。「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。」わたしたちはただ一人のまことの神さまだけに依り頼み、この神さまだけを礼拝しましょう。主なる神さまはそのことをわたしたちに求めておられます。祈ります。

 

御在天の主なる父なる神さま

2018年も9月を迎えました。本日の聖餐礼拝を感謝します。厳しい夏の間もわたしたちのそれぞれが生活と健康とを支えられて、このように礼拝に集まり、あなたのご栄光を現わすことができます幸いを感謝します。

真に弱く乏しい者でありながら、あなたの恵みを受け、イエス・キリストの福音によって救いに入れられましたことを感謝します。わたしたち自身にも、家族にもそしてこの社会にも多くの困難があり、試練がありますが、今こそ、真に救いをもたらす神さまであるあなたを公に言い表し、あなたに依り頼み従う信仰を新たにしてください。

弱い者が強くされ、最も力ない者があなたの恵みを証ししている教会に、今わたしたちはおりますことを感謝します。どうか教会に集う一人一人が信仰を強くされ、人の力によらず、ただ上より賜る励ましと慰めと必要な力とを待ち望む者となりますように。

本日は聖餐に与ります。どうか、心を低くされ、主イエス・キリストがわたしたちの罪を皆負ってくださったこの尊い愛に感謝を表すことができますように。

また、先週は遠くにある方々、病床にある方も聖餐に与ることができましたことを感謝します。どうか礼拝に足を運ぶことができない方々と共に主イエス・キリストの生ける体としてわたしたちを終わりの日まで一つの信仰に連ならせてください。

今週は毎年恒例となりましたコンサート「子どもと楽しむ音楽会」を開催します。どうぞ、この行事をあなたの御名が広められ、讃えられる機会としてください。10月にはバザーも企画しております。どうぞ御心に従ってその準備をもお恵みください。また今日から始まった教会学校の後半の歩みをも、豊かに祝し、御言葉が広く宣べ伝えられますように祈ります。聖霊の主よ、今、病床にある方をどうか平安で包み、その痛みを取り去ってくださいますように、切に祈ります。

この感謝、願いを我らの主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。