別離

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌301番
讃美歌217番
讃美歌453番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 88編14-19節 (旧約聖書925ページ)

88:14 主よ、わたしはあなたに叫びます。朝ごとに祈りは御前に向かいます。
88:15 主よ、なぜわたしの魂を突き放し/なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか。
88:16 わたしは若い時から苦しんで来ました。今は、死を待ちます。あなたの怒りを身に負い、絶えようとしています。
88:17 あなたの憤りがわたしを圧倒し/あなたを恐れてわたしは滅びます。
88:18 それは大水のように/絶え間なくわたしの周りに渦巻き/いっせいに襲いかかります。
88:19 愛する者も友も/あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです。

新約聖書:マルコによる福音書 15章42-47節 (新約聖書96ページ)

◆墓に葬られる

15:42 既に夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、
15:43 アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。
15:44 ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねた。
15:45 そして、百人隊長に確かめたうえ、遺体をヨセフに下げ渡した。
15:46 ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。
15:47 マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた。

《説教》『別離』

紀元30年、ユダヤ暦のニサンの月、現代の太陽暦で3~4月に当たりますが、そのユダヤ暦ニサンの月14日も夕方に近づきました。ユダヤの一日は日没から日没までとされていましたので、まもなく日が暮れ、土曜日、即ち、安息日になってしまいます。あらゆる作業が禁止される安息日になる日没前の短い時間に大急ぎでなされたのが、主イエスの埋葬でした。

主イエスの埋葬は、十字架と復活の間にあり、あまり注目されていないと言えるでしょう。しかしながら、私たちが毎週の主日礼拝で告白している使徒信条には、「死にて葬られ」との一節があり、主イエスの埋葬は、単なる「十字架の後片付け」ではなく、十字架と復活の間にあるものでもありません。主イエスの埋葬は、私たちが改めて見つめなければならない重要な信仰の一部なのです。

14章2節によれば、祭司長たちは、主イエスを捕え殺害するための策略を計りながら「祭りの間はやめておこう」と計画の延期を決めました。祭りのために集まる大勢の人々による混乱を恐れたからです。しかし、ヨハネ福音書13章1節によれば、イエス御自身が、既に祭りの前に、「十字架はこの時である」と、はっきり認識しておられていたことを記しています。そして、大祭司への通報をためらっているイスカリオテのユダに、主イエスご自身が「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」(ヨハネ福音書 13章27節)と、おっしゃいました。

このイスカリオテのユダの密告によって、祭司長たちによる主イエスの殺害計画の延期は急遽変更になり、その夜のうちに主イエスの逮捕、裁判へと進んだことを、私たちは既に見て来ました。すべての事柄は主なる神の御心のうちにあり、神の御計画は、御子イエスの主導権の下に進められて行ったのです。

そして主イエスは、御自身の十字架を、かつてのイスラエルの民のエジプト脱出の夜の出来事と結びつけて、自ら「犠牲の小羊」となり、血を流すことによって私たちの罪の身代わりとなられようとされているのです。

ヘブライ書2章9節にあるように、主イエスが私たちのために選び取られた道は、「死の苦しみ」で、その結果は墓でした。死ぬべき人間としてもこの世に来られた主イエスが人としての最後で最大の死という苦難を、すべての人のために死さえも味わわれたのでした。主イエスもまた、単に一人の会葬者としてではなく、まさに死んだ人としてそこに置かれていたのであり、45節にあるように、主イエスが本当に死なれたからこそ、多くの人々のためにご自分の生命を与えることができるのでした。たしかに彼は死んだのです。十字架上で主イエスが息を引き取られた午後三時とは、エルサレム神殿では過越祭の犠牲の小羊を献げる時間であり、人が造った神殿で小羊が次から次へと屠られて行く時に、神の小羊主イエスは死に渡されたのです。これこそが、御子キリストが十字架によって示されたことでした。

主イエスの十字架の上での最後の、そして唯一のお言葉は、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」でした。その意味は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」です。それは文字通り、父なる神に見捨てられてしまったという絶望の言葉なのです。主イエス・キリストは、神に見捨てられた絶望の内に死なれたのです。だからこそ、主イエスの十字架の死は、同じ絶望の闇に閉ざされてしまう私たちの救いとなるのです。主イエスの十字架の死という出来事の徹底的な暗さを見つめることが大切なのです。

先程司式者によって、旧約聖書詩編第88編が朗読されました。これは詩編の中で最も暗い詩編と言えましょう。15節に「主よ、なぜわたしの魂を突き放し、なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか」とあります。この問いは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という主イエスの十字架上での叫びと重なるものです。また16-17節にはこうあります。「わたしは若い時から苦しんで来ました。今は、死を待ちます。あなたの怒りを身に負い、絶えようとしています。あなたの憤りがわたしを圧倒し、あなたを恐れてわたしは滅びます」。ここも、主なる神の怒り、憤りの下で自分は滅ぼされようとしているという絶望を語っています。そして最後の18-19節においては「それは大水のように絶え間なくわたしの周りに渦巻き、いっせいに襲いかかります。愛する者も友も、あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです」とこの詩編がしめくくられています。光の全く見えない暗闇に閉ざされたまま、この詩編は終わっているのです。何とも救いのない絶望的な詩編であり、私たちは聖書の中にこのような詩編があることを不可解に思ったりもします。けれども、私たちは時として、まさにこの詩編のような暗闇、絶望に陥ることがあります。「今、わたしに親しいのは暗闇だけです」と終わっているこの詩編はまさに今を生きる私たちの思い、私たちのことだ、と感じられるときがあるのです。主イエスの十字架を覆っているのもこの詩編と同じ暗闇です。主イエスもまた、「主よ、なぜわたしの魂を突き放し、なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか」と叫び、「愛する者も友も、あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです」という絶望の中で死なれたのです。その暗闇の深さゆえに、主イエスの十字架の死は、苦しみ、悲しみ、絶望の中にあり、光を見出せない暗闇に閉ざされている私たちにとって、まさに自分たちのこと、身近なことなのです。

先程も触れましたが、私たちが主日礼拝毎に告白している使徒信条には、主イエスが「苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ」と語られています。「葬られた」ことを抜きにして主イエスの受難、十字架の苦しみを見つめることはできない、と使徒信条は語っているのです。主イエスが墓に葬られたことは、私たちの信仰においてとても大切なことなのです。だから四つの福音書全てが主イエスの埋葬を語っているのです。では、主イエスが墓に葬られたことは私たちの信仰においてどのような意味を持っているのでしょうか。

先程の、詩編88編の作者が本当に深い苦しみの中で、光の全く見えない暗闇に閉ざされた絶望を体験している、まさにそれと同じことを、主イエスは十字架の死と、墓に葬られたことで体験されたのです。主イエスが墓に葬られたからこそ、この詩編が語っている暗闇が主イエスを覆い尽くしたと言うことができるのです。神に見捨てられ、その怒りによって滅ぼされ、もはや神とのつながりを断たれてしまう、その全く光の見えない絶望の闇の中に、主イエスご自身が身を置かれたのです。別の言い方をすれば、「十字架に架けられたキリストが、自分自身の姿である」ことを、誰一人として理解できないままに、絶望の一日は終わろうとしていました。この一日の締めくくりを、アリマタヤのヨセフとニコデモが担ったのです。

アリマタヤは、エルサレム北方32キロの町でした。ヨセフは、ガリラヤ以来の主イエスの古い弟子ではありませんでしたが、「身分の高い議員で神の国を待ち望んでいた」と記され、ルカ福音書では「善良で正しい人と呼ばれ」そこでも「神の国を待ち望んでいた」と記されているので、熱心な弟子の一人であったと思われます。

しかし、それなら、主イエスの裁判の夜、ユダヤ最高法院サンヘドリンが満場一致で主イエスの死刑を宣告した時、「有力な議員ヨセフ」は、何処にいたのでしようか。主イエスが鞭打たれ、ゴルゴタまで引かれて行く間、ヨセフは何処で何をしていたのでしようか。

ヨハネ福音書は、「ユダヤ人たちを恐れて、弟子であることを隠していた」と、ヨセフのことを記しています(ヨハ19:38)。ヨセフは、他の弟子たちと同様に信仰を「公けに」できなかったのです。裁判の時も、おそらく欠席していたのでしょう。つまり、自分の社会的地位と生命を賭けて主イエスの十字架に反対する勇気がなかったのです。

埋葬に協力した同じ議員のニコデモも同様で、自分の立場を明確にすることが出来ず、以前、主イエスを訪れた時にも、「人目を避けて、夜、こっそり訪ねる」ことしか出来ませんでした。

遺体の引き取りを願い出たアリマタヤのヨセフ、没薬と沈香を持参したニコデモ、意外にも、この二人が主イエスの遺体を引き取り亜麻布にくるみ、墓に納めたと聖書は記しています。このような状況の中で、主イエスの遺体の引き取りを願い出るということは、大変なことであったでしょう。それは、死刑囚である主イエスとの関わりを公然と認め、自分の立場を明確にすることでした。二度と後戻りすることが出来ない道に踏み出すことでした。人目をはばかり、最高法院では何もできなかったこの男たちに、何故このような勇気が湧いて来たのでしょうか。

主イエスの死が、この二人の男たちに新しい決断を促したと言うほかはないでしょう。一人の人間の死は、しばしば、優柔不断の人間に決断の力を与えると言われます。死に直面した人間の厳しさが、後に残された者に力を与え、その人を変えるということは珍しくないのです。

一人の人間の死でさえそうであるならば、神の御子の死においては猶更でしょう。

御子キリストの死が、二人の男の「平凡な生涯を送る夢」を打ち砕いてしまったと言えるでしょう。これまでの、ヨセフやニコデモの社会的な体面を保つことが、罪の下に生きる人間の宿命であったと言うならば、この変化に、新しい時代の始まりを見ることが出来るでしょう。主イエスの埋葬において、早くも「何か」が起こっているのです。

主イエスの埋葬の場面は、復活の場面への備えとなっています。四つの福音書全てに埋葬のことが語られているのはそのためと言えるでしょう。墓に葬られた主イエスは、父なる神によって復活し、その墓から、死と闇の支配から、神に見捨てられ滅ぼされる絶望から、解放されたのです。そこに、私たちは私たち自身の救いの希望を見出すのです。

説教に私事を持ち込むことは、避けなければならない大切なことですが、今日の主イエスの埋葬に近い体験を夏休みにさせられました。北アルプス最高峰の標高3,190mの奥穂高岳に登頂したところまでは順調でしたが、下山に掛かった辺りで急速な高山病による「肺水腫」となり、2時間弱で下れるその下山コースを10時間も掛かり、翌朝長野県警の山岳救助のヘリコプターで松本市内の救急救命病院に緊急入院しました。人工呼吸器を気管挿入し4日間は全く意識なく生死の間を彷徨っていました。その意識不明の間も夢と言うか幻と言うか、目の前に何も喋らないのに明らかにイエス様と分かる人物が現れ、日本語さえも自由に操って、私の目の前に大きなパソコン画面を開いて、私自身が普段から良く知っているみ言葉や説教の原稿を次々と表示されながら細かく指導されるのです。その際に、私自身がそのパソコン画面の原稿に更に手を加えようとすると、何とマウスもキーボードも手元になく、修正しようとして、どうあがいても修正出来ずに、少しイライラしてしまいました。こんな不自由な病院のベッドではなく、「天の御国」で細かく教えを頂こうとイエス様にお願いすると「まだ来るには早い!」と随分とハッキリと断られてしまいました。

この夢・幻は、4日間の生死の境から意識が戻って、医者から「今日は何日か、分かりますか?」と聞かれても頭がボーとして答えられず、筋肉が弱って立ち上がることが出来ない後も、妙に鮮明に記憶に残っていました。

臨死体験などと大袈裟な話はしませんが、死の淵を彷徨う時にあってもイエス様が極めて身近で親しい以上に密接に共に傍らにいてくださるのは、キリスト者にとって最も幸いなことと確信出来ました。

お一人でも多くの方々とイエス様の救いの恵みに与り、イエス様と共に生きる喜びの中を歩み続けたいものです。

お祈りを致します。

十字架

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌181番
讃美歌301番
讃美歌495番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 69編1-7節 (旧約聖書901ページ)

69:1 【指揮者によって。「ゆり」に合わせて。ダビデの詩。】
69:2 神よ、わたしを救ってください。大水が喉元に達しました。
69:3 わたしは深い沼にはまり込み/足がかりもありません。大水の深い底にまで沈み/奔流がわたしを押し流します。
69:4 叫び続けて疲れ、喉は涸れ/わたしの神を待ち望むあまり/目は衰えてしまいました。
69:5 理由もなくわたしを憎む者は/この頭の髪よりも数多く/いわれなくわたしに敵意を抱く者/滅ぼそうとする者は力を増して行きます。わたしは自分が奪わなかったものすら/償わねばなりません。
69:6 神よ、わたしの愚かさは、よくご存じです。罪過もあなたには隠れもないことです。
69:7 万軍の主、わたしの神よ/あなたに望みをおく人々が/わたしを恥としませんように。イスラエルの神よ/あなたを求める人々が/わたしを屈辱としませんように。

新約聖書:マルコによる福音書 15章33-41節 (新約聖書96ページ)

◆イエスの死

15:33 昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。
15:34 三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
15:35 そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。
15:36 ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。
15:37 しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。
15:38 すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。
15:39 百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。
15:40 また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。
15:41 この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た婦人たちが大勢いた。

《説教》『十字架』

代読:齋藤千鶴子長老

主イエスは、鞭で打たれた後、朝の9時に十字架につけられました。そして、午後3時までの6時間、苦しみ抜かれました。聖書には昼の十二時から「全地が暗く」なったと記されています。

この時の暗黒は何であったのでしょうか。ある人は日食であろうと言います。またある人は、東のシリアの砂漠から吹いて来た砂嵐によって太陽が隠されたと説明します。聖書は、「全地は暗くなって、3時まで続いた」と記していますが、聖書が告げることを裏付ける記録はどこにもなく、このときの暗黒を書き残した資料はありません。

1951年度のノーベル文学賞に輝いたスウェーデンの作家ラーゲル・クヴィストは、受賞作品の小説「バラバ」の中で、主イエスの十字架の代わりに解放されたバラバのように、ナザレのイエスを、自分の罪の身代わりになって死んだ方として仰ぐ者だけが認める「暗黒」なのだと書いています。暗闇の十字架の下で「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」との声を聴いた者が、「あれはいったい何であったのか」と、生涯をかけて尋ね求めるべき「暗黒」なのです。

古代の記録の何処にも記されていない「暗黒」、それは神によって造られたこの世界のすべてが光を失い「暗黒」となったと、ここに宣言しているのです。光を失った世界、それこそが主イエスが十字架上で最後に叫ばれた言葉によって表されているのです。まさに、十字架の日は暗黒の日でした。すべての人間が絶望を見るべき日でした。しかし、歴史の記録が示していることは、「その暗黒に気付かなかったのがこの世界である」ということではないでしょうか。

聖書が、「全地は暗くなった」と告げているのに、それに気付いた人はいなかったと言えるでしょう。神の御子が、私たちの絶望を代わりに引き受けて下さっている時にも、自分たちは「明るさの中で生きている」と暗黒を思わなかったのです。

そして、その「暗黒」は、主イエスの十字架の死と共に終わったのであり、主イエスの死が「暗黒」を追い払ったと言うべきでしょう。

暗黒の中での主イエスの叫びは、詩編22編の冒頭の言葉です。詩編22編は、確かにこの嘆きの言葉をもって始まっていますが、全編を貫くものは神への信頼であり、神の栄光を讃美する喜びの歌です。主イエスは人としてこの世での最後の時を迎え、日ごろ親しんでいた詩編の中の一つの聖句が、思わず口から出たとみるべきでしょう。

確かに、主イエスの十字架は、この言葉の通りでした。御子イエスは、ゴルゴタにおいて、まさしく「神に捨てられた」のです。主イエスの十字架の死を、殉教者の死や、英雄の死のように美化してはなりません。主イエスの十字架には、惨めさと醜さ、そして神に見捨てられた絶望を見なければならないのです。神の怒りが表されたものに他なりません。十字架において、私たちの罪のすべてが、神の眼の前に顕わにされるのです。自分自身の罪を、神の裁きの前に曝すのが十字架なのです。

それは、本来の罪人としての人間の死の姿です。私たちは、生活の慌ただしさや、職場の厳しさによって、また、さまざまな趣味や娯楽によって、死を忘れ、罪の重荷を考えることなく過ごしています。

しかし、私たちは、死に直面した時、もはや、その恐怖を紛らわすものは何一つなく、裸の自分がただ一人、神の裁きの前に立たされるのです。 これが死の恐怖です。

そこで出会う神は正義の神であり、御心に逆らって生きて来た者の罪を、どこまでも追及する神です。

神の怒り、神の裁き、神からの完全な絶縁「もうお前のことは知らぬ」と告げられることが、罪の下における死です。

十字架における主イエスの叫びは、この絶望を表すものです。私たちすべてが味わわなければならない苦しみを、主イエスが受けられたことを現しているのです。肉体の苦しみは死と共に終わります。しかし、魂の苦しみは、そこから始まるのです。「イエスの叫びに真実の暗黒を見る」とは、こういうことなのです。

すべての人間が、例外なく、この怖ろしい神の裁きの下で絶望を味わわなければならない、と告げる聖書が、同時に、「この暗黒をイエス・キリストが引き受け」てくださったと記しているのです。

その絶望を、私たち自身では負えない怖ろしさであることを知っておられる神の御子が、私たちに代わって引き受けてくださったのです。御子イエス・キリストは、「私と共に生きてくださる」だけではなく、私たちに先立って、その恐ろしさを担ってくださったのです。

そして、「この十字架の時」から、新しい時代が始まりました。

37節に、「イエスは大声を出して息を引き取られた。」とありますが、ここをヨハネ福音書19章30節では、主イエスの最後の言葉を「成し遂げられた」と記しています。神の怒り、神の裁きは、イエスの死によって、成し遂げられたのです。また、口語訳は、ヨハネ福音書19章30節を「すべてが終った」と訳しています。

「すべてが終った」。これは驚くべき言葉です。「すべてが終った」即ち「神の裁きが終った」と御子イエスは最後に言われたのです。私たちの罪は、「もう追及されることはなくなった」と主イエスは、この世の生命の最後の言葉でおっしゃったのです。小説のバラバが、主イエスの死を見て「これで自分は本当に自由になった」と確信したように、主イエスの死によって、私たちに対する神の怒りは終わり、私たちの罪は赦されたのです。

その罪に気づかず、無知の中に日々を過ごして来た者の犯した罪のために、神の御子は、贖いの小羊となられたと聖書は語るのです。そして、38節に「すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」とあります。「神殿の垂れ幕」とは、至聖所と聖所との間にある幕のことです。通常は祭司と言えども、人はその幕の内に入ることは許されず、年に一度、大祭司だけが「全イスラエルの罪の赦しを祈るために、入ることが出来る」と定められていました。

従って、この「幕」とは、神の神聖さの象徴であると共に、聖なる神の御前に出られない「罪の下にある人間」を隔てる象徴でもありました。

「その幕が裂けて隔てが無くなった」のです。主イエスの十字架の死によって、私たちと父なる神を隔てていたものを、主イエスは御自身の生命と引き換えに取り去って下さったのです。

そして、エデンの園以来の長い間の苦しみが今や終わり、神を「父」と呼び、神から「子よ」と呼ばれる神との交わりが回復したのです。

主イエス・キリストの十字架の御業は、私たちと神との関係を回復しただけではなく、同時に、人と人との交わりをも正しくされたのです。それはエフェソの信徒への手紙 2章14節以下に「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」とあるのです。

ここにあるように、私たちの幸福のすべてが、十字架に基づいていることは明らかです。

39節にローマ軍の百人隊長が息を引き取られる主イエスを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言ったとあります。

神に選ばれたユダヤ人が主イエスを十字架に追いやり、異邦人であるローマの百人隊長が主イエスを「神の子」と告白したのです。

ここに、私たちは、「神は、すべての人を救いに招き、キリストへの信仰のみによって、新しい民を誕生させる」という、新しい時代の始まりを見ることができるのです。

主イエスを「神の子」と告白をする者が神の国の民、新しい民であり、神の家族なのです。十字架の下、一度は絶望の暗黒を味わった私たちは、「すべてが終った」というキリストの宣言に守られ、神の御国へ招かれているのです。

新しい神の家族。主イエスが流された「十字架の血」によって救われた新しい民にお一人でも多くのご家族やご友人が加えられます様、お祈りを致します。

悲しみの道

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌183番
讃美歌280番
讃美歌512番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 22編1-9節 (旧約聖書857ページ)

22:1 【指揮者によって。「暁の雌鹿」に合わせて。賛歌。ダビデの詩。】
22:2 わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず/呻きも言葉も聞いてくださらないのか。
22:3 わたしの神よ/昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない。
22:4 だがあなたは、聖所にいまし/イスラエルの賛美を受ける方。
22:5 わたしたちの先祖はあなたに依り頼み/依り頼んで、救われて来た。
22:6 助けを求めてあなたに叫び、救い出され/あなたに依り頼んで、裏切られたことはない。
22:7 わたしは虫けら、とても人とはいえない。人間の屑、民の恥。
22:8 わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い/唇を突き出し、頭を振る。
22:9 「主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら/助けてくださるだろう。」

新約聖書:マルコによる福音書 15章16-32節 (新約聖書96ページ)

◆兵士から侮辱される

15:16 兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。
15:17 そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、
15:18 「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。
15:19 また何度も、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。
15:20 このようにイエスを侮辱したあげく、紫の服を脱がせて元の服を着せた。そして、十字架につけるために外へ引き出した。

◆十字架につけられる

15:21 そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。
15:22 そして、イエスをゴルゴタという所――その意味は「されこうべの場所」――に連れて行った。
15:23 没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。
15:24 それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、/その服を分け合った、/だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。
15:25 イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。
15:26 罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。
15:27 また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。
15:28 (†底本に節が欠落 異本訳)こうして、「その人は犯罪人の一人に数えられた」という聖書の言葉が実現した。
15:29 そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、
15:30 十字架から降りて自分を救ってみろ。」
15:31 同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。
15:32 メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。

《説教》『悲しみの道』

主イエスが十字架につけられたのは、ユダヤで最も重要な「過越の祭」が始まる日でした。祭りのために世界中から帰って来たユダヤ人で、エルサレムの人口は普段の十倍以上になり、この日、町の中は大勢の群衆で満たされていました。

当時、ローマ帝国の地方長官ポンティオ・ピラトは、地中海に面した町カイサリアに駐在しており、特別な時のみエルサレムに来ました。エルサレム神殿北側に隣接するアントニア要塞に、ローマ軍の警護司令部があり、長官宿舎もここにありました。この日、主イエスが裁判を受け、鞭打たれたのはこのアントニア要塞で、そこから引き出されて、ゴルゴタの丘まで十字架を背負って歩かされたのでした。

かつてアントニア要塞があった場所は、現在、旧市街唯一の東側の門、かつては「羊の門」と呼ばれ、のちには「ライオン門・ステファノ門」と名前が変化した門を入った辺りです。そこから、市の中心部まで続いている昔ながらの狭い石畳の道が、「悲しみの道、ヴィア・ドロローサ」の名残りです。当時、この道は、町の北側を通り、マーケットを抜けて北の城門の外、ゴルゴタの丘へ続いていたと考えられます。もちろん、当時の地面は現在のはるか地下ですが、場所的には、おおむね同じと考えてよいでしょう。

主イエスは、その賑やかな通りを、兵士たちに追われて行かれました。ユダヤ人であることを最も強く意識する過越祭をエルサレムで過ごすために、世界各地から帰って来た人々で溢れている目抜き通りでした。多くの人々が、この日、思いもかけず、ゴルゴタヘ向かう主イエスに出会いました。

しかしその時、誰一人として、今、自分が立っている所が、後に「悲しみの道」と呼ばれ、何も知らずに見物している自分がその十字架に関わっているなど、考えもしませんでした。16節に「兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。」とあります。部隊(スペイラ)とは、ローマ軍の軍団(レギオン)の十分の一、つまり「大隊」のことです。指揮官は千人隊長、編成上の定員は六百名です。この時、アントニア要塞にレギオン全員が集結していたか、或いはピラトの親衛隊なのか、また全員が集まることが出来る場所があったのかなど、議論はさまざまです。

しかしながら、聖書が言いたいのは、「全部隊」「全員」と見ることなのです。主イエスの十字架に関わったのは「どの部隊か」ということではなく、「全部隊」ということであり、その意図から言えば、「全ローマ軍」とでも言うべきなのです。

ここで見直してみると、マルコ福音書14章55節以下の「夜の法廷」であるサンヘドリンは「全員出席」ではあり得なかったにも拘わらず、死刑を求刑したのは「全員」であると記されており、議決したのは「一同」であったと記されています。また、マタイ福音書27章25節のピラトの判決に対し、「民はこぞって答えた」と訳されていますが、正しくは「民の全員が答えた」です。すべての人間が「十字架」に関わっているのであり、例外なく、『すべての人間』が、「イエスを見捨てた罪」を担わなければならないと、聖書はここに告げているのです。

17節以下、兵士たちは主イエスを辱めました。彼らは、主イエスを滑稽な王様に仕立て上げました。紫の服を着せ、茨の冠をかぶらせ、「ひざまずいて拝んだ」と記されていますが、貧しい兵士たちが「紫の服」など持っている筈はなく、おそらく「布きれ」でしょう。彼らがしたことは「単なる冗談」であり、深い意味などなかったことは確かです。何も分らない兵士たちの無意味な時間つぶしの行動に過ぎませんでした。そして、命じられたまま、囚人をゴルゴタへ向けて送り出したのです。

しかし、ここに重要な問題提起がなされているのです。兵士たちは、主イエスを「ユダヤ人の王」と呼び、王の服装をさせからかいました。まさに、これこそ、本来、すべての人間が神の御子に対し、心からの敬意をもって示さなければならなかったことなのです。

今、私たちは、世界の王である神の子イエス・キリストを、どのように仰いでいるでしょうか。

あの兵士たちのように、「ほんの一時の気まぐれ」で祭り上げ、自分の気持ちが変わると、直ちに「王の姿を奪い取ってしまう」というようなことは「あり得ない」と断言できるでしょうか。

主イエスの御前に「真心をもって平伏す」ことなく、形だけの礼拝を守っている者は、この兵士たちのように、状況次第で簡単に主イエスを自分自身の王座から引きずり下ろして信じることを止めてしまうのです。

神の御子を十字架につけた罪は、自覚なしに行った兵士たちも背負わなければなりません。無知な兵士たちの一時の気まぐれな礼拝が、「ゴルゴタへの道」の出発点でなされたということの意味を、良く考えてみるべきでしょう。

更に、29節以下にある様に、通りがかりの者も祭司長や律法学者たちも、言っていることは同じです。

主イエス・キリストの十字架を自分の問題として考えない人々の「言うことは同じ」なのです。「もし神なら十字架から降りてみよ」「全能の力があるならば、現してみよ」。この声は、以前、どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。ゴルゴタの丘で、十字架の下から上がる数々のこの声こそ、サタンの最後の誘惑なのです。「それを見たら信じよう」と祭司長たちは言いました。

本日共に読まれた旧約聖書の詩編第22編は、主イエスの十字架の場面とつながっています。特に、主イエスが十字架の上で最後に祈られた、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)」が、この詩編22編の冒頭の言葉です。それだけでなく、8~9節に「わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い、唇を突き出し、頭を振る。『主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら、助けてくださるだろう』」は、29節以下の、通りかかった人々が頭を振りながら主イエスをののしり、「自分を救ってみろ」と言ったことと結びつきます。また19節「わたしの着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く」は、兵士たちが主イエスの服をくじ引きにして分けたことと結びつきます。主イエスの十字架は、この詩編22編に預言されていたことの成就、実現だったのです。主イエスがこのような苦しみを受けて死なれることを、父なる神は旧約の時代から計画しておられ、予告されていたのです。十字架にかけられて死ぬ、この主イエスをこそ、神はユダヤ人の王、神の民の王として、神の救いにあずかる者たちが従うべき王として立てられたのです。

もし、主イエスが十字架から降りて来て、ローマ軍を滅ぼしたとしても、群衆の「罪の重荷」はどうなるでしょう。

御子が世に来られた目的は、私たちの罪の贖いであり、主イエスがこの世に来られたのは、自ら「贖いの小羊」となり、十字架の上ですべての人々の「罪」を清算することです。

「もし神なら十字架から降りてみよ。そうしたら信じよう」という言葉は、十字架の御業を避けて通ることであり、身代わりの死を認めず、罪の中に留まり続けることです。

これが、世に来られた「神の御子の目的」「すべての人間の救い」を台無しにしてしまおうとする「サタンの最後の挑戦」でした。主イエスをからかったローマの兵士や通りがかりの人々、祭司長や律法学者たち、そして隣の十字架に架けられた男まで、ありとあらゆるところに、サタンは誘いの手を伸ばしていたのです。

十字架への道が「悲しみの道、ヴィア・ドロローサ」と呼ばれるのは、主イエスが十字架を背負って歩いたからではありません。あの時、道の傍らに立った人々が、十字架を背負った主イエスを見ながら、「誰一人として自分の罪の姿」を見ようとしなかった、その惨めさを言っているのです。

キリストの御苦しみが、「私の救いのためであった」ということを知らされた者には、ゴルゴタへの道は、もはや「悲しみの道」ではなく、罪と訣別する「喜びの道」であり、そこから、永遠の生命に至る道が始まるのです。

この神のみ心、ご計画を信じることが私たちの信仰です。主イエス・キリストの十字架の苦しみと死とが私たちの罪のための、私たちの身代わりとしての苦しみと死でありました。主イエスは私たちが期待しているような強い者としてではなく、私たちの罪を背負わされ、罪人である私たちが裁かれて絶望の内に死ななければならない筈の十字架の死を引き受けて、その苦しみを嘗め尽くして下さることで、私たちのまことの王、救い主となられたのです。

自分が思い描いている強い救い主を求めることをやめて、神が遣わして下さった主イエス・キリストを信じて、その十字架の苦しみと死とによって神が与えて下さった救いを信じる時に、私たちの生き方は変わっていきます。生まれつきの私たちは、自分が強い者、立派な者になろうとしています。それによって自分の人生を切り開き、願いを叶え、充実した人生としようとしています。そういう思いによって私たちは、自分を救い、人をも救うことのできる強い救い主を待ち望んでいるのです。しかし神が私たちに与えて下さる救いは、強い者、立派な者となる力を与えることではありません。むしろ、どうしようもなく弱い者であり、立派なになり得ない罪人である自分、これこそが、全てのメッキがはぎ取られた所に現れる本当の自分であるわけです。その弱い罪人である本当の自分が、主イエス・キリストの十字架の苦しみと死とによって担われ、赦され、支えられているのです。

主イエスはマルコ福音書の8章34節で「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と言われました。

主イエスに従っていくことが信仰者の歩みですが、それは自分の願っている力や栄光を求めていく歩みではなく、十字架の死への道を歩まれた主イエスの後に続いて、自らも重い十字架を背負いつつ、復活の希望に向かって歩み続けることなのです。

お祈りを致しましょう。

神に背を向ける者

主日礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌68番
讃美歌285番
讃美歌298番

《聖書箇所》

旧約聖書:イザヤ書 53章6-8節 (旧約聖書1,150ページ)

53:6 わたしたちは羊の群れ/道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて/主は彼に負わせられた。
53:7 苦役を課せられて、かがみ込み/彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように/毛を切る者の前に物を言わない羊のように/彼は口を開かなかった。
53:8 捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか/わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり/命ある者の地から断たれたことを。

新約聖書:マルコによる福音書 15章1-15節 (新約聖書94ページ)

◆ピラトから尋問される

15:1 夜が明けるとすぐ、祭司長たちは、長老や律法学者たちと共に、つまり最高法院全体で相談した後、イエスを縛って引いて行き、ピラトに渡した。
15:2 ピラトがイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」と答えられた。
15:3 そこで祭司長たちが、いろいろとイエスを訴えた。
15:4 ピラトが再び尋問した。「何も答えないのか。彼らがあのようにお前を訴えているのに。」
15:5 しかし、イエスがもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った。

◆死刑の判決を受ける

15:6 ところで、祭りの度ごとに、ピラトは人々が願い出る囚人を一人釈放していた。
15:7 さて、暴動のとき人殺しをして投獄されていた暴徒たちの中に、バラバという男がいた。
15:8 群衆が押しかけて来て、いつものようにしてほしいと要求し始めた。
15:9 そこで、ピラトは、「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」と言った。
15:10 祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。
15:11 祭司長たちは、バラバの方を釈放してもらうように群衆を扇動した。
15:12 そこで、ピラトは改めて、「それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか」と言った。
15:13 群衆はまた叫んだ。「十字架につけろ。」
15:14 ピラトは言った。「いったいどんな悪事を働いたというのか。」群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び立てた。
15:15 ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。

《説教》『神に背を向ける者』

ユダヤ最高法院サンヘドリンでの大祭司カイアファの裁判は主イエスを死刑にしようと進めましたが、ローマ帝国の植民地ユダヤには、死刑の執行権がありませんでした。夜が明けると最高法院のユダヤ人指導者たちは主イエスの刑の執行を求めて、ローマ帝国から派遣された地方長官と言うべきポンティオ・ピラトに主イエスを引き渡しました。15章2節のピラトの質問「あなたがユダヤ人の王なのか」は、14章61節の大祭司の質問「お前はほむべき方の子、メシアなのか」を対比すると二人の狙いの違いがよく分かります。主イエスの裁判の舞台は、ポンティオ・ピラトのもとへ移りました。大祭司の屋敷で行われた最高法院サンヘドリンの裁判を「夜の法廷」と呼ぶのに対し、この場面を、通常、「朝の法廷」と呼びます。

地方長官ポンティオ・ピラトの人物像について映画や小説などでは、極悪非道の人物、邪悪で傲慢で狡猾で、また冷血な植民地支配者として描かれる場合が多いようです。

しかし、ここで、この従来のピラトの人物像の見直しが必要と思われます。

ポンティオ・ピラトは、聖書では「総督」と訳されていますが、それは正確ではありません。ピラトは、シリア総督の下でユダヤ地方に責任を持つ行政官であり、軍事収税官、あるいは地方長官、昔の日本であれば代官とでも言った方が適切です。古代ローマの資料から明らかになっているピラトは、比較的有能な植民地官吏であり、平凡な気の小さい男というのが古代史の資料から読み取れる彼の姿です。

そしてこの日の主イエスの裁判において、主イエスの無罪を明白に認めたのは、ポンティオ・ピラト一人だったのです。

聖書に記されたピラトの審問は、読めば読むほど、「彼が如何に主イエスの無罪の宣告をしたかったか」が明らかです。2節のピラトの「お前がユダヤ人の王なのか」という尋問は、大祭司たちの訴えを繰り返したものにすぎません。大祭司たちの告発を信じられないピラトの姿がここにあるのです。

そして、4節に「何も答えないのか。彼らがあのようにお前を訴えているのに」と主イエス自身からの弁明を求めており、それを自分の判決の決め手にしようとしています。ここを別の訳では「彼らは躍起になってお前を訴えているのだ」と記していますが、まさに名訳でしょう。

例えば、ルカによる福音書23章13~16節には「ピラトは、祭司長たちと議員たちと民衆とを呼び集めて、言った。『あなたたちは、この男を民衆を惑わす者としてわたしのところに連れて来た。わたしはあなたたちの前で取り調べたが、訴えているような犯罪はこの男には何も見つからなかった。ヘロデとても同じであった。それで、我々のもとに送り返してきたのだが、この男は死刑に当たるようなことは何にもしていない。だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。』」とあります。

また、ヨハネによる福音書19章4~6節には「ピラトはまた出て来て、言った。『見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。』 イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、『見よ、この男だ』と言った。祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、『十字架につけろ。十字架につけろ』と叫んだ。ピラトは言った。『あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。』」とあります。

どの福音書を見ても主イエスを解放しようとするピラトの姿が記されているのです。

そしてピラトは、遂に最後の手段を取ったことが6節以下の「ところで、祭りの度ごとに、ピラトは人々が願い出る囚人を一人釈放していた。さて、暴動のとき人殺しをして投獄されていた暴徒たちの中に、バラバという男がいた。群衆が押しかけて来て、いつものようにしてほしいと要求し始めた。そこで、ピラトは『あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか』と言った。祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。」とピラトは祭司長たちの動機までお見通しでした。

ここの7節の「暴動」と訳されている言葉は「反乱」「治安を乱す」という意味の言葉で、バラバは単なる盗賊ではなく、ローマ帝国に対する反乱、ユダヤ民族主義運動過激派の実行犯であったと思われます。

当時のユダヤでは、武力によってローマの支配に対抗しようとする活動が盛んになっていました。彼らは民衆の支持を背景にして、ローマと結んでいるユダヤ人指導者たちの暗殺などのテロ活動を行っていました。当然、大祭司たちもユダヤ民族の裏切り者として、暗殺者リストの第一にあがっていた筈です。「バラバとイエス、どちらを赦すか」とピラトが言えば、大祭司たちは、危険なテロリスト「バラバの処刑を選ぶに違いない」と考えるのが当然です。ポンティオ・ピラトが、何とか主イエス釈放しようとしていたのは間違いないでしょう。

ところが11節にあるように、祭司長たちは、驚くべきことに、バラバの釈放を要求しました。

ユダヤ人指導者たちは、バラバとイエス、どちらが自分たちにとって恐るべき相手なのか。その判断が出来なくなっています。神の御子を憎む者は、自分の命を狙う者の危険性をも忘れてしまったのです。

武闘派のバラバはテロリストとして、ある種の英雄であり、大祭司たちの思いと違って群衆がバラバの釈放を求めたというのはありえることだったのかも知れません。

12節以下には「そこで、ピラトは改めて、『それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか』と言った。群衆はまた叫んだ。『十字架につけろ。』」とあります。ユダヤ伝統の処刑方法は「石打の刑」です。律法に背いて十字架刑に処せられた者は一人もいません。ユダヤにおける十字架刑は、ローマが植民地の政治犯を処刑する場合に、見せしめのためにより残酷に行ったものであり、ローマ市民権を持つ者には決して適用されませんでした。逆に言えば、ユダヤ人にとって、十字架刑は征服者ローマの圧政の象徴でもありました。

これは、ピラトにとって実に意外なことでした。かたくなに律法を守り続けて来た筈のユダヤ民衆が、大祭司を先頭に、今や、あれほど嫌っていたローマ法の実施を、公然と要求しているのです。

ついにピラトは折れました。15節に「ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。」とあります。

ピラトは何故群衆を満足させようと思ったのでしょうか。マタイ福音書27章24節では「暴動が起こりそうであった」と記されています。また、ヨハネ福音書19章12節では、「もしこの男を釈放するならば、あなたは皇帝の友ではない」とあります。これは「反乱罪で密告するぞ」と、群衆から脅迫されていることを意味しています。

最果ての植民地ユダヤの地方長官ピラトにとって、ナザレのイエスの処刑は、ユダヤ人同士の内輪もめでしかなく「どうでもよいもの」でした。「理解できないユダヤ人同士の問題に深入りするな」、これがローマ支配者の鉄則でした。思いもかけない要求をするユダヤ民衆に対し、「それなら勝手にせよ。私には責任がない」、これがピラトの結論でした。

為政者は現実と妥協して行くものです。手の付けられない群衆を収めるためには、その要求を、自分の立場が危うくならない範囲で満足させてやるものです。

こうして、ポンティオ・ピラトは、ナザレのイエスを十字架につけることに決めました。

このように、主イエスの十字架をピラトが決定した経緯を聖書から見ると、いつの間にかすべてが狂ってしまい、「世をあげて御子を死に追いやった」ということになるのです。そして、この「すべてが狂っている」というところが、「神に背を向けて生きる世界の必然であった」のです。

「罪」とはそういうものです。後から考えても何故そんなことをしたのか理解できないことをしてしまうのが、私たちの罪の特徴であり、サタンの業そのものなのです。この人々を前にして、主イエスは沈黙を守られたと聖書は告げています。

先程、司式者にお読み頂いたイザヤ書 53章6節から8節には、

わたしたちは羊の群れ
道を誤り、それぞれの方角へ向かって行った。
そのわたしたちの罪をすべて
主は彼に負わせられた。
苦役を課せられて、かがみ込み
彼は口を開かなかった。
屠り場に引かれる小羊のように
毛を切る者の前に物を言わない羊のように
彼は口を開かなかった。
捕えられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。
彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか
わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり
命ある者の地から断たれたことを。

主イエス・キリストは、このイザヤ書53章の道を行かれたのです。罪の中にある人々を救うために、父なる神の御心を成就するために、罪の醜さをさらけ出している人々の姿を見つめつつ「命ある者の地から断たれた」のです。

御自分を死へ追いやる人々の救いのために、さらにそれ以上の罪を重ねさせないために、沈黙を守られたのです。

この救いの恵みを受ける者こそ、「十字架につけろ」と叫び続けた群衆の中に自分自身の姿を認める者でなければならないのです。

十字架を背負われて歩まれる神の御子の眼差しに支えられて御国への道を目指す。それこそが十字架を見つめて生きるキリスト者の本当の姿なのです。

お祈りを致しましょう。