喜びの知らせ

主日礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌298番
讃美歌1420番
讃美歌380番

《聖書箇所》

旧約聖書:エレミア書 31章31-34節 (旧約聖書1,237ページ)

31:31 見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。
31:32 この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない。わたしが彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った、と主は言われる。
31:33 しかし、来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

新約聖書:マルコによる福音書 16章9-20節 (新約聖書97ページ)

◆マグダラのマリアに現れる
16:9 〔イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。
16:10 マリアは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。
16:11 しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。
◆二人の弟子に現れる
16:12 その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いて行く途中、イエスが別の姿で御自身を現された。
16:13 この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった。
◆弟子たちを派遣する
16:14 その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。
16:15 それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。
16:16 信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。
16:17 信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。
16:18 手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」
◆天に上げられる
16:19 主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。
16:20 一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。〕
◇結び
16:20 〔婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間たちに手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。〕

《説教》『喜びの知らせ』

主日礼拝においてマルコによる福音書を読み続けてきましたが、いよいよ本日をもって終えることになりました。本日の16章9節以下は、「大きな括弧〔 〕かっこ」の中に入って、「結び一」という小見出しがつけられています。「結び一」があるからには「結び二」があるわけで、それは98頁の下の段に、節の数字なしに、短い結びとして記されています。「結び」のどちらも、前後に括弧〔 〕で括られています。この括弧は、もともとはなかったと思われる、後から書き加えられた部分だろうとの印です。信頼すべき古い写本にこの部分がないものが多いからです。現在まで残っているマルコ福音書の初期のものには、すべて9節以下はなく、どれも8節で終わっているのです。そしてこの9-20節の「結び一」とは違う結びを持っている写本もある、それが「結び二」です。いずれの結びも、もともとはなかったもので、後からつけ加えられたと思われるのです。では何故「結び」がつけ加えられたのでしょうか。それは、先週読んだ8節をもってマルコ福音書が終わるのでは、何とも尻切れとんぼだからです。16章1-8節には、主イエスの十字架の死から三日目の日曜日の朝、三人の女性たちが墓に行ってみると、墓は空になっており、そこにいた天使が「あの方は復活なさって、ここにはおられない」と告げたことが語られています。さまざまな文献の研究から、この9節以下は、おそらく、2世紀に入ってから、教会によって加筆されたものであろうということです。何故、本来のマルコ福音書の結末部分が欠けてしまったのかということについては、今となっては知る由もありませんが、福音書の終わりが「恐ろしかった」(8)という言葉で終わっているのは相応しくないと考えた教会が、9節以下を加えたのではないかと考えられています。

そのため、マルコ福音書を読むときに、この9節以下を軽んじる人もいますが、それは大変な間違いです。何故なら、私たちは、福音書を「誰が書いたか」ということによって重んじるのではなく、ここにまとめられたすべてを、聖霊の働きのままに教会が受け容れ、「神の言」として告白したという信仰によって重んじるからです。

9節以下が後の時代の教会による加筆であるということを承知で、改めて読むときに、今、教会に生きる私たちが、キリストの復活をどのように受け止めるべきかということが、ここに記されているのです。そして、それがマタイ、ルカ、ヨハネの他の三つの福音書で詳しく語られていることの「まとめ」であるということに気がつきます。

他の三つの福音書では詳しく語られていることの大部分が省略され、極度に簡略された要約として記されています。それらの具体的内容は、ここでは詳しくお話する時間がありませんので、どうぞ皆さんで比較して頂きたいと思います

しかしここで、簡略化されたマルコ福音書のこの物語を他の三つの福音書と比較すると、繰り返される「ひとつの言葉」に気が付きます。それは「信じなかった」という言葉です。マルコ福音書は、他の福音書の物語を単に簡略化したのではなく、それぞれの出来事を、「信じなかった」という主題でまとめていると言えるのです。

11節には、「マリアがそのイエスを見たことも聞いても、信じなかった」

13節には、「彼らは二人の言うことも信じなかった」

14節には、「復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかった」

マルコ福音書が強調しているのは「すべての人が信じられなかった」という事実を、教会自身が認めていることです。

「信じられなかった」と書き加えることに、どれだけの勇気が必要であったことでしょう。この部分が加筆されたのは、少なくとも2世紀に入ってからであり、教会が体制を作り上げ、ペトロ以下の弟子たちは、初代の伝説的な偉大な指導者として語り伝えられていた時代でした。その時代に、あえて「あの偉大な弟子たちが主の復活を信じられなかった」と記すことは、本当に思い切ったことであったと言えるでしょう。

この加筆部分のすべては、神の偉大な出来事に出会った人間の驚きを告げるものであり、言わば、教会は、「信じられない」という驚きの中から誕生したということなのです。

それでは、いったい何を「信じられなかった」のでしょう。「死者の甦り」でしょうか。誰でも、死とはこの世からの完全な別離であることを知っています。ひとたび死の世界に入った者は決して戻ることはない、ということを、誰でも知っています。これは、現代の人々も古代の人々も同じです。「昔の人は幼稚だから、死の世界を旅して来ることが出来ると想像したのであろう」などと考えるのは間違いです。古代ユダヤ人の考え方の中には、そのような死生観といったものはまったくありません。

ファリサイ派は、復活を何とか信じようとしていましたが、それでも、今生きている世界の延長程度で、決して、明確な復活や、新しく生きる「新生」などというものではありませんでした。ファリサイ派の復活論は、言わば「人生のやり直し」であり、それ故に、七人の兄弟と結婚した女性の復活後の立場を問うサドカイ派の詰問に彼らは答えられませんでした(マルコ12:18以下参照)。

また、エルサレム神殿を支配していた大祭司を筆頭とするサドカイ派は、復活を完全に否定していました。

現代の人々が死者の復活を信じることが出来ないのと同じように、当時の人々も、復活を信じることが出来なかったのです。重要なことは、「キリストの復活を信じる」ということは、ただ単に、「キリストが生き返った」というだけの問題ではないということです。

「死んだのに生き返った」という驚きだけならば、それは、神の子キリストが行った「ひとつの奇跡」に過ぎません。イエス・キリストは、五つのパンと二匹の魚で五千人を養い、荒れ狂う嵐のガリラヤ湖の上を歩かれた方です。一人息子を失ったナインのやもめを悲しみから救い、ヤイロの娘を甦らせ、ラザロを死から呼び戻された方です。

全能なる神の御力を思うならば、神の子キリストは、私たちの世界の自然法則を、あらゆる意味で超えておられたということが出来るでしょう。そしてそれ故に、「死から甦ることも可能である」ということになるかもしれません。

しかし、それだけでよいのでしょうか。「キリストは神の子だから甦った」。そのように、「キリストの甦り」を「ひとつの奇跡」に留めておいてよいのでしょうか。

ここで私たちが目を向けなければならないこととは、「復活を信じる」ということが、多くの人々が予想するような、「死者の甦りというひとつの奇跡的出来事」という認識で終わってはならない、ということなのです。

マルコ福音書16章16節に「信じてバブテスマを受ける者は救われるが、信じない者は、滅びの宣告を受ける。」とあります。ここで、「信じる」とは、「死者の甦り」という一つの「認識」に終わるのではなく、キリストの甦りが私の罪の贖いのためであったということを「信じる」ことです。これを「信じる」ことこそが「信仰」なのです。

しかし、また、これを「信じる」ことが極めて困難なのです。即ち、「信じられないこと」とは、「キリストの甦りそのもの」ではなく、キリストの復活が実は、「自分自身の救い」のことと認識できないからです。

教会とは、この「信じられなかった人々」を見捨てられない復活のキリストが、その「信じられない人々」を「信じる者」へと変えられる場として建てられたのです。神は、私たちを「信じる者」として御業の完成に仕える新しい生命、新しい生活を、私たちに与えてくださり、逞しく人生を生き抜く力が、そこに新しく誕生するのです。

初代教会には、このような力が満ち溢れていました。そしてこの充満したエネルギーが、15節にある「全世界に行って、すべての造られたものに福音を述べ伝えなさい。」とのキリスト・イエスの宣教命令によって、全世界に伝わって行ったのです。この宣教命令によって、昆虫が脱皮を経て大きく変身するように、全世界への伝道は、復活のキリストに出会い新しく造り替えられた人間の、必然的な行動でした。一人でも多くの人々に救われた喜びを伝えたいという気持ちを抑えることが出来ないからです。

不信仰とかたくなな心によって主イエスの十字架から逃げ去り復活を信じなかった弟子たちに、復活によって喜びを伴った大きな使命が与えられたのです。それは私たちにも与えられている使命です。主イエス・キリストによる救いにあずかり、キリストの体である教会に召し集められた私たちは、キリストによる救いの知らせ、福音を宣べ伝える使命を与えられて、この世へと遣わされているのです。この使命は弟子たちにとって、また私たちにとっても、重過ぎる、とても担うことができない重大な使命であると感じられます。自分が、どうして全世界に福音を宣べ伝えることなど出来るだろうか、と不安に思ってしまいます。主イエスが復活なさって今も生きて働いておられることを信じることこそが、不信仰でかたくなな私たちの心を、福音を宣べ伝えるという使命を果していくことの中でこそ打ち砕かれていくのです。

「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」と言われています。全ての人に、ではなくて、全ての造られたものに、と主が言われています。それは、人間にだけでなく動物や植物、自然界の全てのものに向かって福音を語れということではなく、人間は勿論のこと、この世界の全てのものは主なる神によって造られ、支配されている被造物なのだということを私たちに弁えさせるためです。

私たちも、弟子たちと同じように、主イエスの救いの恵みにあずかり、福音を宣べ伝え、伝道する群れとしてこの世に遣わされています。私たちが伝道していくとき、主イエスが共に働いて下さり、生きておられることを私たちに顕して下さるのです。私たちのつたない伝道、まことに貧しい言葉や行いを通して、一人でも多くのご家族や友人など多くの方々が主イエス・キリストと出会い、主イエスを信じる信仰を与えられ、洗礼を受けてキリストの体である教会の枝とされていく、それこそが大きな奇跡なのです。

お祈りを致しましょう。

甦り

主日礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌298番
讃美歌142番
讃美歌380番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 107編1-9節 (旧約聖書947ページ)

107:1 「恵み深い主に感謝せよ/慈しみはとこしえに」と
107:2 主に贖われた人々は唱えよ。主は苦しめる者の手から彼らを贖い
107:3 国々の中から集めてくださった/東から西から、北から南から。
107:4 彼らは、荒れ野で迷い/砂漠で人の住む町への道を見失った。
107:5 飢え、渇き、魂は衰え果てた。
107:6 苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと/主は彼らを苦しみから救ってくださった。
107:7 主はまっすぐな道に彼らを導き/人の住む町に向かわせてくださった。
107:8 主に感謝せよ。主は慈しみ深く/人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
107:9 主は渇いた魂を飽かせ/飢えた魂を良いもので満たしてくださった。

新約聖書:マルコによる福音書 16章1-8節 (新約聖書97ページ)

◆復活する

16:1 安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。
16:2 そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。
16:3 彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。
16:4 ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。
16:5 墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。
16:6 若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。
16:7 さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」
16:8 婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。

《説教》『甦り』

キリスト者の信仰の中心は、言うまでもなく、主イエス・キリストが十字架の上で私たちの罪の身代わりとして殺され、三日目に死より復活されたという事実にあるのです。これはキリスト教信仰の土台です。「これが真実かどうか」とか、「聖書に書かれていることは事実ではない」といった議論は自由ですが、「信じられないなら、それは信仰がない」と言われてしまうことなのです。使徒パウロは、コリントの信徒への手紙 第一 15章14節で、「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなた方の信仰も無駄です。」、そして、17節で「キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。」と言っています。

キリスト教信仰は主イエス・キリストの「十字架」と「復活」を自分のものと信じることです。これを信じない、信じられない人はキリスト教信者ではないのです。

私たちを救われる神の愛は、御子キリストの復活によって、その御計画を大きく進められました。主イエスが死から甦った復活は、単なる肉体の死の否定ではなく、偉大な神の力の誇示でもありません。復活とは、罪の赦しの宣言であり、永遠の生命を与える神の約束の実現であり、神と共に生きる人間の最終的な希望そのものなのです。

聖書は、この驚くべき出来事を、二千年の時を超えて告げており、決して忘れてはならない新しい時代の始まりを、語り続けて来ました。それ故に、現代に生きる私たちもまた、常に、あの日の朝の驚きの中に立ち戻らなければなりません。

安息日の前日の金曜日の夕方近く、午後三時頃に息を引き取られた主イエスの最期の時まで十字架のもとに残っていた女性たちは、日没と共に始まる土曜日の安息日のために大急ぎで墓へ納められ、充分な葬りの処置をすることが出来ませんでした。ペトロをはじめとする弟子たちがすべて逃げ去ったにもかかわらず、最期まで付き従っていたの彼女たちにとって、主イエスの埋葬の翌日のこの土曜日の安息日ほど長い一日はなかったでしょう。

主イエスの葬られた翌日の土曜日の安息日も日没とともに終わり、3日目の日曜日となり、厳しい戒めから解放され、ようやく開いた店に行き香料を買い求めました。しかし、土曜日の安息日の終わりは同時に夜となってしまい、暗い墓へ行くことも出来ず、日曜日の夜明けを待たなければなりませんでした。

安息日は、神と共に生きる者にとって、信仰の確かさを確認する日でした。安息日とは、決して休養の日ではなく、神に近づくことが求められる日でした。しかし、神が与えて下さった「安息日の定めのため」に主イエスから引き離され、奉仕する志しを持ちながらも近づくことさえ許されなかった「この一日」こそ、古い時代の姿そのものであったと言えましょう。

しかし、女性たちが目指していたことは、あくまでも「遺体の処置」であり、「死者を葬る作業」に過ぎませんでした。死者を葬ること、生と死は越えることの出来ない淵で遮られており、それはただ別れを告げるためだけであり、肉体を土に帰すための作業でしかなく、人が悲しみながら繰り返して来た、「あきらめ」の作業でしかなかったのです。

そんな悲しみの想いの中で、彼女たちは、ひたすらに夜明けを待っていました。他の誰よりも夜明けを待ち、そしてその夜明けが、彼女たちの想いを遥かに超え、神に顧みられた人間の新しい出発の日となるのです。

「週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐに」。おそらく一睡も出来ず、夜の終わりを待ちかねて、誰よりも早く夜明けの墓場に急ぎました。主イエスを納めた墓は、金持ちのユダヤ最高法院の議員でもあるアリマタヤのヨセフが、自分のために用意した墓でした。

現在でも残っている多くの墓のように、岩壁に掘られた横穴式のものであり、中は広く、何人もの人が入れる部屋が二つ以上あった筈です。入り口は、巨大な円盤状の石を、溝にそって転がして閉めるようになっていました。

主イエスの十字架の金曜日の夕方、閉じられた墓の入り口を最後に見届けたのは彼女たち自身でした。女性の力で開くようなものでない「墓の入り口の大石をどうしたらよいのか」と話し合っているのです。いったい誰に開けてもらうつもりで来たのでしょうか。確かに先のことを考えない行動と言えるでしょう。

しかし、ここで大切なのは、「福音の知らせに真っ先に与ったのは彼女たちであった」という事実です。深く考えるあまり、一向に腰を上げない人よりは、その「ひたむきさ」において、はるかに勝っていたと言うべきでしょう。

4節には「目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった」とあります。「目を上げる」とは、「自分の心を見つめる」ことから「神を仰ぐこと」を意味します。自分ではどうにもならないことにこだわり、その内に留まり続けるのではなく、問題は問題として意識しながら、まず何よりも「神に目を向けること」が必要なのです

「石は既にわきへ転がしてあった」。これが、自分たちの力では動かせないとの判断を捨て、ただ主イエスに仕えることしか考えなかった彼女たちに対する「神の答」でした。

「石は既にわきへ転がしてあった」。私たちの力に余ることは、神御自身が力を貸して下さるのです。主のもとへ急ぐ人間の前に、神御自身が道を開かれるのです。

彼女たちは、この朝、夜明けを待ちかねて、誰よりも早く墓に来ました。

しかし、ここに主イエスの甦りは「もっと早かった」と告げられているのです。人間のどんな行動よりも、主なる神の行動はさらに早いのです。

しかも、「墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた」(5節)と記されています。「墓の中で待っている方」がそこに居られたのです。主なる神は、誰よりも早く来た人よりも、「もっと早く」から待っておられたのです。それ故に、この日の夜明けを誰よりも待ち望んだのは、神御自身であったのです。

白い長い衣を着た御使いは、「あの方は復活なさって、ここにはおれない。」と彼女たちに告げました。これが、甦りを信じられないすべての人間に対する神の回答です。

甦りを信じない人は沢山います。コリントの信徒への手紙でパウロが述べているように、初代教会の時代から、「死人の甦り」を嘲笑う人々はすでに数多くいました。

「復活など昔の人の幼稚な迷信だ」と言う人がいます。「現代の人間に復活など語っても無駄だ」と言う人がいます。しかし、遠い二千年の昔でも、死者の甦りは「あり得ないこと」でありました。現代と同じように、復活は人間の常識の外にあり、弟子たちでさえ誰一人として信じていなかったのです。復活を否定することによって、主イエス・キリストを永遠に墓の中に閉じ込めておこうとする人々で何時の時代も満ちているのです。

主イエス・キリストの復活は、議論の対象ではなく、まして、私たちの考えの延長にあるものではなく、その是非を私たちが判断するというようなものではありません。

私たちは、神が御心のままに成されたキリストの出来事の跡を追うだけであり、キリストが復活され、死を征服されたという事実から、それを信じ従うことから信仰は始まるのです。

更に、主イエスの復活のメッセージが、「ガリラヤへ行け」という命令に結び付けられていることにも注目すべきでしょう。

ガリラヤは、神御自身が選ばれて主イエス・キリストとして福音宣教を開始されたところであり、弟子たちが召されたところです。復活の福音宣教もまた「ガリラヤから始めなければならない」ということは、神の御計画は初めから少しも変わっていないということを示しているのです。この、「ガリラヤへ行け」という命令は、ただ単に、主イエスに再会するために行くのではなく、神の御業のための「働きの場」へ赴く伝道命令なのです。

そして、主イエスが先にガリラヤへ行き、待っておられるということは、復活の主イエスが、私たちの働きの場にも先立って行かれることを示していると言えるでしょう。主イエスは、私たちに、沈黙や、虚しく時を待つのではなく、神の御業に仕える新しい希望と勇気を与えられるのです。

これが2節「週の初めの日」に起こった出来事であり、それは、天地創造の再来の日であり、神が全世界に秩序をお与えになり、人間の歴史を変える歩みがこの日に始まったのです。主イエス・キリストの復活こそ「新しい創造の日」なのです。

神の信頼を破り、創造の秩序を損なって来た人間の罪が、ここに赦され、再び、神を神とし、造られた者が神の眼差しの前で生きることを喜べる「本来の姿」が回復されたのです。

キリスト教信仰の最も重要な教えの一つは主イエス・キリストの復活なのです。主イエス復活の事実は、初代教会時代の初代説教者たちによる、「使徒言行録」に記されている13回の説教のうち、11回までが復活を中心とした説教です。そこでは主イエスの復活を論争の余地のない事実として伝えているのです。これらの説教者は、主イエスが確かに復活されたこと、従って主を信じ従う者もまた、復活することを確信していました(使2:23‐24、17:31)。

主イエスは復活の後、40日の間、弟子たちに姿を現されました。この復活の裏づけとなるのは、四福音書全てに書かれ、コリントの信徒への手紙にも記された合計で10回に亘る復活の主イエスが人々の目に見える形で現れた物語です。また主イエス復活の証人の人数が多いことや、十字架で死なれた主イエスを見捨てるように逃げ去った弟子たちが主イエスの復活を知るや、大胆に福音を語り始めるといった大きな変化が起きたことも復活を証明していると言えましょう。

加えて、それまで土曜日の安息日を堅く守っていたユダヤ人の弟子たちが、なぜ日曜日の主の日を守り、聖餐を祝うようになったのか。ユダヤ教から別れた初代教会が、礼拝の日を、土曜日の安息日から「週の初めの日・日曜日」に変えたこれらのことはみな主イエスの復活があったからこそ行われるようになったと考えられます。

キリスト者とは、この新しい世界に生かされていることを告白する者のことであり、それ故に、週の初めの日の礼拝を固く守っているのです。

主イエスの墓を早朝に訪ねた女性たちと同じように、私たちもまた深く考えない者かもしれません。大きな問題を抱え、解決の道も知らないままに集まって来た者と言えるかもしれません。

しかし、今ここで、「目を上げて見よう」ではありませんか。主なる神は、主イエス・キリストによって、すべてを備えて下さっているのです。墓を塞ぐ大石は既に取り除かれ、道は開かれています。そして、その開かれた道は、死の世界へではなく、死にさえ勝利された、主イエス・キリストと共に生きる世界へと通じているのです。

お一人でも多くの方々、取り分けご主人や友人・知人の方々の上に、主イエス・キリストの十字架の救いの御業と復活によって新しく生きる道がありますよう、お祈りを致します。

別離

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌301番
讃美歌217番
讃美歌453番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 88編14-19節 (旧約聖書925ページ)

88:14 主よ、わたしはあなたに叫びます。朝ごとに祈りは御前に向かいます。
88:15 主よ、なぜわたしの魂を突き放し/なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか。
88:16 わたしは若い時から苦しんで来ました。今は、死を待ちます。あなたの怒りを身に負い、絶えようとしています。
88:17 あなたの憤りがわたしを圧倒し/あなたを恐れてわたしは滅びます。
88:18 それは大水のように/絶え間なくわたしの周りに渦巻き/いっせいに襲いかかります。
88:19 愛する者も友も/あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです。

新約聖書:マルコによる福音書 15章42-47節 (新約聖書96ページ)

◆墓に葬られる

15:42 既に夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、
15:43 アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。
15:44 ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねた。
15:45 そして、百人隊長に確かめたうえ、遺体をヨセフに下げ渡した。
15:46 ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。
15:47 マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた。

《説教》『別離』

紀元30年、ユダヤ暦のニサンの月、現代の太陽暦で3~4月に当たりますが、そのユダヤ暦ニサンの月14日も夕方に近づきました。ユダヤの一日は日没から日没までとされていましたので、まもなく日が暮れ、土曜日、即ち、安息日になってしまいます。あらゆる作業が禁止される安息日になる日没前の短い時間に大急ぎでなされたのが、主イエスの埋葬でした。

主イエスの埋葬は、十字架と復活の間にあり、あまり注目されていないと言えるでしょう。しかしながら、私たちが毎週の主日礼拝で告白している使徒信条には、「死にて葬られ」との一節があり、主イエスの埋葬は、単なる「十字架の後片付け」ではなく、十字架と復活の間にあるものでもありません。主イエスの埋葬は、私たちが改めて見つめなければならない重要な信仰の一部なのです。

14章2節によれば、祭司長たちは、主イエスを捕え殺害するための策略を計りながら「祭りの間はやめておこう」と計画の延期を決めました。祭りのために集まる大勢の人々による混乱を恐れたからです。しかし、ヨハネ福音書13章1節によれば、イエス御自身が、既に祭りの前に、「十字架はこの時である」と、はっきり認識しておられていたことを記しています。そして、大祭司への通報をためらっているイスカリオテのユダに、主イエスご自身が「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」(ヨハネ福音書 13章27節)と、おっしゃいました。

このイスカリオテのユダの密告によって、祭司長たちによる主イエスの殺害計画の延期は急遽変更になり、その夜のうちに主イエスの逮捕、裁判へと進んだことを、私たちは既に見て来ました。すべての事柄は主なる神の御心のうちにあり、神の御計画は、御子イエスの主導権の下に進められて行ったのです。

そして主イエスは、御自身の十字架を、かつてのイスラエルの民のエジプト脱出の夜の出来事と結びつけて、自ら「犠牲の小羊」となり、血を流すことによって私たちの罪の身代わりとなられようとされているのです。

ヘブライ書2章9節にあるように、主イエスが私たちのために選び取られた道は、「死の苦しみ」で、その結果は墓でした。死ぬべき人間としてもこの世に来られた主イエスが人としての最後で最大の死という苦難を、すべての人のために死さえも味わわれたのでした。主イエスもまた、単に一人の会葬者としてではなく、まさに死んだ人としてそこに置かれていたのであり、45節にあるように、主イエスが本当に死なれたからこそ、多くの人々のためにご自分の生命を与えることができるのでした。たしかに彼は死んだのです。十字架上で主イエスが息を引き取られた午後三時とは、エルサレム神殿では過越祭の犠牲の小羊を献げる時間であり、人が造った神殿で小羊が次から次へと屠られて行く時に、神の小羊主イエスは死に渡されたのです。これこそが、御子キリストが十字架によって示されたことでした。

主イエスの十字架の上での最後の、そして唯一のお言葉は、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」でした。その意味は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」です。それは文字通り、父なる神に見捨てられてしまったという絶望の言葉なのです。主イエス・キリストは、神に見捨てられた絶望の内に死なれたのです。だからこそ、主イエスの十字架の死は、同じ絶望の闇に閉ざされてしまう私たちの救いとなるのです。主イエスの十字架の死という出来事の徹底的な暗さを見つめることが大切なのです。

先程司式者によって、旧約聖書詩編第88編が朗読されました。これは詩編の中で最も暗い詩編と言えましょう。15節に「主よ、なぜわたしの魂を突き放し、なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか」とあります。この問いは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という主イエスの十字架上での叫びと重なるものです。また16-17節にはこうあります。「わたしは若い時から苦しんで来ました。今は、死を待ちます。あなたの怒りを身に負い、絶えようとしています。あなたの憤りがわたしを圧倒し、あなたを恐れてわたしは滅びます」。ここも、主なる神の怒り、憤りの下で自分は滅ぼされようとしているという絶望を語っています。そして最後の18-19節においては「それは大水のように絶え間なくわたしの周りに渦巻き、いっせいに襲いかかります。愛する者も友も、あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです」とこの詩編がしめくくられています。光の全く見えない暗闇に閉ざされたまま、この詩編は終わっているのです。何とも救いのない絶望的な詩編であり、私たちは聖書の中にこのような詩編があることを不可解に思ったりもします。けれども、私たちは時として、まさにこの詩編のような暗闇、絶望に陥ることがあります。「今、わたしに親しいのは暗闇だけです」と終わっているこの詩編はまさに今を生きる私たちの思い、私たちのことだ、と感じられるときがあるのです。主イエスの十字架を覆っているのもこの詩編と同じ暗闇です。主イエスもまた、「主よ、なぜわたしの魂を突き放し、なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか」と叫び、「愛する者も友も、あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです」という絶望の中で死なれたのです。その暗闇の深さゆえに、主イエスの十字架の死は、苦しみ、悲しみ、絶望の中にあり、光を見出せない暗闇に閉ざされている私たちにとって、まさに自分たちのこと、身近なことなのです。

先程も触れましたが、私たちが主日礼拝毎に告白している使徒信条には、主イエスが「苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ」と語られています。「葬られた」ことを抜きにして主イエスの受難、十字架の苦しみを見つめることはできない、と使徒信条は語っているのです。主イエスが墓に葬られたことは、私たちの信仰においてとても大切なことなのです。だから四つの福音書全てが主イエスの埋葬を語っているのです。では、主イエスが墓に葬られたことは私たちの信仰においてどのような意味を持っているのでしょうか。

先程の、詩編88編の作者が本当に深い苦しみの中で、光の全く見えない暗闇に閉ざされた絶望を体験している、まさにそれと同じことを、主イエスは十字架の死と、墓に葬られたことで体験されたのです。主イエスが墓に葬られたからこそ、この詩編が語っている暗闇が主イエスを覆い尽くしたと言うことができるのです。神に見捨てられ、その怒りによって滅ぼされ、もはや神とのつながりを断たれてしまう、その全く光の見えない絶望の闇の中に、主イエスご自身が身を置かれたのです。別の言い方をすれば、「十字架に架けられたキリストが、自分自身の姿である」ことを、誰一人として理解できないままに、絶望の一日は終わろうとしていました。この一日の締めくくりを、アリマタヤのヨセフとニコデモが担ったのです。

アリマタヤは、エルサレム北方32キロの町でした。ヨセフは、ガリラヤ以来の主イエスの古い弟子ではありませんでしたが、「身分の高い議員で神の国を待ち望んでいた」と記され、ルカ福音書では「善良で正しい人と呼ばれ」そこでも「神の国を待ち望んでいた」と記されているので、熱心な弟子の一人であったと思われます。

しかし、それなら、主イエスの裁判の夜、ユダヤ最高法院サンヘドリンが満場一致で主イエスの死刑を宣告した時、「有力な議員ヨセフ」は、何処にいたのでしようか。主イエスが鞭打たれ、ゴルゴタまで引かれて行く間、ヨセフは何処で何をしていたのでしようか。

ヨハネ福音書は、「ユダヤ人たちを恐れて、弟子であることを隠していた」と、ヨセフのことを記しています(ヨハ19:38)。ヨセフは、他の弟子たちと同様に信仰を「公けに」できなかったのです。裁判の時も、おそらく欠席していたのでしょう。つまり、自分の社会的地位と生命を賭けて主イエスの十字架に反対する勇気がなかったのです。

埋葬に協力した同じ議員のニコデモも同様で、自分の立場を明確にすることが出来ず、以前、主イエスを訪れた時にも、「人目を避けて、夜、こっそり訪ねる」ことしか出来ませんでした。

遺体の引き取りを願い出たアリマタヤのヨセフ、没薬と沈香を持参したニコデモ、意外にも、この二人が主イエスの遺体を引き取り亜麻布にくるみ、墓に納めたと聖書は記しています。このような状況の中で、主イエスの遺体の引き取りを願い出るということは、大変なことであったでしょう。それは、死刑囚である主イエスとの関わりを公然と認め、自分の立場を明確にすることでした。二度と後戻りすることが出来ない道に踏み出すことでした。人目をはばかり、最高法院では何もできなかったこの男たちに、何故このような勇気が湧いて来たのでしょうか。

主イエスの死が、この二人の男たちに新しい決断を促したと言うほかはないでしょう。一人の人間の死は、しばしば、優柔不断の人間に決断の力を与えると言われます。死に直面した人間の厳しさが、後に残された者に力を与え、その人を変えるということは珍しくないのです。

一人の人間の死でさえそうであるならば、神の御子の死においては猶更でしょう。

御子キリストの死が、二人の男の「平凡な生涯を送る夢」を打ち砕いてしまったと言えるでしょう。これまでの、ヨセフやニコデモの社会的な体面を保つことが、罪の下に生きる人間の宿命であったと言うならば、この変化に、新しい時代の始まりを見ることが出来るでしょう。主イエスの埋葬において、早くも「何か」が起こっているのです。

主イエスの埋葬の場面は、復活の場面への備えとなっています。四つの福音書全てに埋葬のことが語られているのはそのためと言えるでしょう。墓に葬られた主イエスは、父なる神によって復活し、その墓から、死と闇の支配から、神に見捨てられ滅ぼされる絶望から、解放されたのです。そこに、私たちは私たち自身の救いの希望を見出すのです。

説教に私事を持ち込むことは、避けなければならない大切なことですが、今日の主イエスの埋葬に近い体験を夏休みにさせられました。北アルプス最高峰の標高3,190mの奥穂高岳に登頂したところまでは順調でしたが、下山に掛かった辺りで急速な高山病による「肺水腫」となり、2時間弱で下れるその下山コースを10時間も掛かり、翌朝長野県警の山岳救助のヘリコプターで松本市内の救急救命病院に緊急入院しました。人工呼吸器を気管挿入し4日間は全く意識なく生死の間を彷徨っていました。その意識不明の間も夢と言うか幻と言うか、目の前に何も喋らないのに明らかにイエス様と分かる人物が現れ、日本語さえも自由に操って、私の目の前に大きなパソコン画面を開いて、私自身が普段から良く知っているみ言葉や説教の原稿を次々と表示されながら細かく指導されるのです。その際に、私自身がそのパソコン画面の原稿に更に手を加えようとすると、何とマウスもキーボードも手元になく、修正しようとして、どうあがいても修正出来ずに、少しイライラしてしまいました。こんな不自由な病院のベッドではなく、「天の御国」で細かく教えを頂こうとイエス様にお願いすると「まだ来るには早い!」と随分とハッキリと断られてしまいました。

この夢・幻は、4日間の生死の境から意識が戻って、医者から「今日は何日か、分かりますか?」と聞かれても頭がボーとして答えられず、筋肉が弱って立ち上がることが出来ない後も、妙に鮮明に記憶に残っていました。

臨死体験などと大袈裟な話はしませんが、死の淵を彷徨う時にあってもイエス様が極めて身近で親しい以上に密接に共に傍らにいてくださるのは、キリスト者にとって最も幸いなことと確信出来ました。

お一人でも多くの方々とイエス様の救いの恵みに与り、イエス様と共に生きる喜びの中を歩み続けたいものです。

お祈りを致します。

十字架

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌181番
讃美歌301番
讃美歌495番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 69編1-7節 (旧約聖書901ページ)

69:1 【指揮者によって。「ゆり」に合わせて。ダビデの詩。】
69:2 神よ、わたしを救ってください。大水が喉元に達しました。
69:3 わたしは深い沼にはまり込み/足がかりもありません。大水の深い底にまで沈み/奔流がわたしを押し流します。
69:4 叫び続けて疲れ、喉は涸れ/わたしの神を待ち望むあまり/目は衰えてしまいました。
69:5 理由もなくわたしを憎む者は/この頭の髪よりも数多く/いわれなくわたしに敵意を抱く者/滅ぼそうとする者は力を増して行きます。わたしは自分が奪わなかったものすら/償わねばなりません。
69:6 神よ、わたしの愚かさは、よくご存じです。罪過もあなたには隠れもないことです。
69:7 万軍の主、わたしの神よ/あなたに望みをおく人々が/わたしを恥としませんように。イスラエルの神よ/あなたを求める人々が/わたしを屈辱としませんように。

新約聖書:マルコによる福音書 15章33-41節 (新約聖書96ページ)

◆イエスの死

15:33 昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。
15:34 三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
15:35 そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。
15:36 ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。
15:37 しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。
15:38 すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。
15:39 百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。
15:40 また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。
15:41 この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た婦人たちが大勢いた。

《説教》『十字架』

代読:齋藤千鶴子長老

主イエスは、鞭で打たれた後、朝の9時に十字架につけられました。そして、午後3時までの6時間、苦しみ抜かれました。聖書には昼の十二時から「全地が暗く」なったと記されています。

この時の暗黒は何であったのでしょうか。ある人は日食であろうと言います。またある人は、東のシリアの砂漠から吹いて来た砂嵐によって太陽が隠されたと説明します。聖書は、「全地は暗くなって、3時まで続いた」と記していますが、聖書が告げることを裏付ける記録はどこにもなく、このときの暗黒を書き残した資料はありません。

1951年度のノーベル文学賞に輝いたスウェーデンの作家ラーゲル・クヴィストは、受賞作品の小説「バラバ」の中で、主イエスの十字架の代わりに解放されたバラバのように、ナザレのイエスを、自分の罪の身代わりになって死んだ方として仰ぐ者だけが認める「暗黒」なのだと書いています。暗闇の十字架の下で「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」との声を聴いた者が、「あれはいったい何であったのか」と、生涯をかけて尋ね求めるべき「暗黒」なのです。

古代の記録の何処にも記されていない「暗黒」、それは神によって造られたこの世界のすべてが光を失い「暗黒」となったと、ここに宣言しているのです。光を失った世界、それこそが主イエスが十字架上で最後に叫ばれた言葉によって表されているのです。まさに、十字架の日は暗黒の日でした。すべての人間が絶望を見るべき日でした。しかし、歴史の記録が示していることは、「その暗黒に気付かなかったのがこの世界である」ということではないでしょうか。

聖書が、「全地は暗くなった」と告げているのに、それに気付いた人はいなかったと言えるでしょう。神の御子が、私たちの絶望を代わりに引き受けて下さっている時にも、自分たちは「明るさの中で生きている」と暗黒を思わなかったのです。

そして、その「暗黒」は、主イエスの十字架の死と共に終わったのであり、主イエスの死が「暗黒」を追い払ったと言うべきでしょう。

暗黒の中での主イエスの叫びは、詩編22編の冒頭の言葉です。詩編22編は、確かにこの嘆きの言葉をもって始まっていますが、全編を貫くものは神への信頼であり、神の栄光を讃美する喜びの歌です。主イエスは人としてこの世での最後の時を迎え、日ごろ親しんでいた詩編の中の一つの聖句が、思わず口から出たとみるべきでしょう。

確かに、主イエスの十字架は、この言葉の通りでした。御子イエスは、ゴルゴタにおいて、まさしく「神に捨てられた」のです。主イエスの十字架の死を、殉教者の死や、英雄の死のように美化してはなりません。主イエスの十字架には、惨めさと醜さ、そして神に見捨てられた絶望を見なければならないのです。神の怒りが表されたものに他なりません。十字架において、私たちの罪のすべてが、神の眼の前に顕わにされるのです。自分自身の罪を、神の裁きの前に曝すのが十字架なのです。

それは、本来の罪人としての人間の死の姿です。私たちは、生活の慌ただしさや、職場の厳しさによって、また、さまざまな趣味や娯楽によって、死を忘れ、罪の重荷を考えることなく過ごしています。

しかし、私たちは、死に直面した時、もはや、その恐怖を紛らわすものは何一つなく、裸の自分がただ一人、神の裁きの前に立たされるのです。 これが死の恐怖です。

そこで出会う神は正義の神であり、御心に逆らって生きて来た者の罪を、どこまでも追及する神です。

神の怒り、神の裁き、神からの完全な絶縁「もうお前のことは知らぬ」と告げられることが、罪の下における死です。

十字架における主イエスの叫びは、この絶望を表すものです。私たちすべてが味わわなければならない苦しみを、主イエスが受けられたことを現しているのです。肉体の苦しみは死と共に終わります。しかし、魂の苦しみは、そこから始まるのです。「イエスの叫びに真実の暗黒を見る」とは、こういうことなのです。

すべての人間が、例外なく、この怖ろしい神の裁きの下で絶望を味わわなければならない、と告げる聖書が、同時に、「この暗黒をイエス・キリストが引き受け」てくださったと記しているのです。

その絶望を、私たち自身では負えない怖ろしさであることを知っておられる神の御子が、私たちに代わって引き受けてくださったのです。御子イエス・キリストは、「私と共に生きてくださる」だけではなく、私たちに先立って、その恐ろしさを担ってくださったのです。

そして、「この十字架の時」から、新しい時代が始まりました。

37節に、「イエスは大声を出して息を引き取られた。」とありますが、ここをヨハネ福音書19章30節では、主イエスの最後の言葉を「成し遂げられた」と記しています。神の怒り、神の裁きは、イエスの死によって、成し遂げられたのです。また、口語訳は、ヨハネ福音書19章30節を「すべてが終った」と訳しています。

「すべてが終った」。これは驚くべき言葉です。「すべてが終った」即ち「神の裁きが終った」と御子イエスは最後に言われたのです。私たちの罪は、「もう追及されることはなくなった」と主イエスは、この世の生命の最後の言葉でおっしゃったのです。小説のバラバが、主イエスの死を見て「これで自分は本当に自由になった」と確信したように、主イエスの死によって、私たちに対する神の怒りは終わり、私たちの罪は赦されたのです。

その罪に気づかず、無知の中に日々を過ごして来た者の犯した罪のために、神の御子は、贖いの小羊となられたと聖書は語るのです。そして、38節に「すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」とあります。「神殿の垂れ幕」とは、至聖所と聖所との間にある幕のことです。通常は祭司と言えども、人はその幕の内に入ることは許されず、年に一度、大祭司だけが「全イスラエルの罪の赦しを祈るために、入ることが出来る」と定められていました。

従って、この「幕」とは、神の神聖さの象徴であると共に、聖なる神の御前に出られない「罪の下にある人間」を隔てる象徴でもありました。

「その幕が裂けて隔てが無くなった」のです。主イエスの十字架の死によって、私たちと父なる神を隔てていたものを、主イエスは御自身の生命と引き換えに取り去って下さったのです。

そして、エデンの園以来の長い間の苦しみが今や終わり、神を「父」と呼び、神から「子よ」と呼ばれる神との交わりが回復したのです。

主イエス・キリストの十字架の御業は、私たちと神との関係を回復しただけではなく、同時に、人と人との交わりをも正しくされたのです。それはエフェソの信徒への手紙 2章14節以下に「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」とあるのです。

ここにあるように、私たちの幸福のすべてが、十字架に基づいていることは明らかです。

39節にローマ軍の百人隊長が息を引き取られる主イエスを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言ったとあります。

神に選ばれたユダヤ人が主イエスを十字架に追いやり、異邦人であるローマの百人隊長が主イエスを「神の子」と告白したのです。

ここに、私たちは、「神は、すべての人を救いに招き、キリストへの信仰のみによって、新しい民を誕生させる」という、新しい時代の始まりを見ることができるのです。

主イエスを「神の子」と告白をする者が神の国の民、新しい民であり、神の家族なのです。十字架の下、一度は絶望の暗黒を味わった私たちは、「すべてが終った」というキリストの宣言に守られ、神の御国へ招かれているのです。

新しい神の家族。主イエスが流された「十字架の血」によって救われた新しい民にお一人でも多くのご家族やご友人が加えられます様、お祈りを致します。

悲しみの道

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌183番
讃美歌280番
讃美歌512番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 22編1-9節 (旧約聖書857ページ)

22:1 【指揮者によって。「暁の雌鹿」に合わせて。賛歌。ダビデの詩。】
22:2 わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず/呻きも言葉も聞いてくださらないのか。
22:3 わたしの神よ/昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない。
22:4 だがあなたは、聖所にいまし/イスラエルの賛美を受ける方。
22:5 わたしたちの先祖はあなたに依り頼み/依り頼んで、救われて来た。
22:6 助けを求めてあなたに叫び、救い出され/あなたに依り頼んで、裏切られたことはない。
22:7 わたしは虫けら、とても人とはいえない。人間の屑、民の恥。
22:8 わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い/唇を突き出し、頭を振る。
22:9 「主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら/助けてくださるだろう。」

新約聖書:マルコによる福音書 15章16-32節 (新約聖書96ページ)

◆兵士から侮辱される

15:16 兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。
15:17 そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、
15:18 「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。
15:19 また何度も、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。
15:20 このようにイエスを侮辱したあげく、紫の服を脱がせて元の服を着せた。そして、十字架につけるために外へ引き出した。

◆十字架につけられる

15:21 そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。
15:22 そして、イエスをゴルゴタという所――その意味は「されこうべの場所」――に連れて行った。
15:23 没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。
15:24 それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、/その服を分け合った、/だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。
15:25 イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。
15:26 罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。
15:27 また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。
15:28 (†底本に節が欠落 異本訳)こうして、「その人は犯罪人の一人に数えられた」という聖書の言葉が実現した。
15:29 そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、
15:30 十字架から降りて自分を救ってみろ。」
15:31 同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。
15:32 メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。

《説教》『悲しみの道』

主イエスが十字架につけられたのは、ユダヤで最も重要な「過越の祭」が始まる日でした。祭りのために世界中から帰って来たユダヤ人で、エルサレムの人口は普段の十倍以上になり、この日、町の中は大勢の群衆で満たされていました。

当時、ローマ帝国の地方長官ポンティオ・ピラトは、地中海に面した町カイサリアに駐在しており、特別な時のみエルサレムに来ました。エルサレム神殿北側に隣接するアントニア要塞に、ローマ軍の警護司令部があり、長官宿舎もここにありました。この日、主イエスが裁判を受け、鞭打たれたのはこのアントニア要塞で、そこから引き出されて、ゴルゴタの丘まで十字架を背負って歩かされたのでした。

かつてアントニア要塞があった場所は、現在、旧市街唯一の東側の門、かつては「羊の門」と呼ばれ、のちには「ライオン門・ステファノ門」と名前が変化した門を入った辺りです。そこから、市の中心部まで続いている昔ながらの狭い石畳の道が、「悲しみの道、ヴィア・ドロローサ」の名残りです。当時、この道は、町の北側を通り、マーケットを抜けて北の城門の外、ゴルゴタの丘へ続いていたと考えられます。もちろん、当時の地面は現在のはるか地下ですが、場所的には、おおむね同じと考えてよいでしょう。

主イエスは、その賑やかな通りを、兵士たちに追われて行かれました。ユダヤ人であることを最も強く意識する過越祭をエルサレムで過ごすために、世界各地から帰って来た人々で溢れている目抜き通りでした。多くの人々が、この日、思いもかけず、ゴルゴタヘ向かう主イエスに出会いました。

しかしその時、誰一人として、今、自分が立っている所が、後に「悲しみの道」と呼ばれ、何も知らずに見物している自分がその十字架に関わっているなど、考えもしませんでした。16節に「兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。」とあります。部隊(スペイラ)とは、ローマ軍の軍団(レギオン)の十分の一、つまり「大隊」のことです。指揮官は千人隊長、編成上の定員は六百名です。この時、アントニア要塞にレギオン全員が集結していたか、或いはピラトの親衛隊なのか、また全員が集まることが出来る場所があったのかなど、議論はさまざまです。

しかしながら、聖書が言いたいのは、「全部隊」「全員」と見ることなのです。主イエスの十字架に関わったのは「どの部隊か」ということではなく、「全部隊」ということであり、その意図から言えば、「全ローマ軍」とでも言うべきなのです。

ここで見直してみると、マルコ福音書14章55節以下の「夜の法廷」であるサンヘドリンは「全員出席」ではあり得なかったにも拘わらず、死刑を求刑したのは「全員」であると記されており、議決したのは「一同」であったと記されています。また、マタイ福音書27章25節のピラトの判決に対し、「民はこぞって答えた」と訳されていますが、正しくは「民の全員が答えた」です。すべての人間が「十字架」に関わっているのであり、例外なく、『すべての人間』が、「イエスを見捨てた罪」を担わなければならないと、聖書はここに告げているのです。

17節以下、兵士たちは主イエスを辱めました。彼らは、主イエスを滑稽な王様に仕立て上げました。紫の服を着せ、茨の冠をかぶらせ、「ひざまずいて拝んだ」と記されていますが、貧しい兵士たちが「紫の服」など持っている筈はなく、おそらく「布きれ」でしょう。彼らがしたことは「単なる冗談」であり、深い意味などなかったことは確かです。何も分らない兵士たちの無意味な時間つぶしの行動に過ぎませんでした。そして、命じられたまま、囚人をゴルゴタへ向けて送り出したのです。

しかし、ここに重要な問題提起がなされているのです。兵士たちは、主イエスを「ユダヤ人の王」と呼び、王の服装をさせからかいました。まさに、これこそ、本来、すべての人間が神の御子に対し、心からの敬意をもって示さなければならなかったことなのです。

今、私たちは、世界の王である神の子イエス・キリストを、どのように仰いでいるでしょうか。

あの兵士たちのように、「ほんの一時の気まぐれ」で祭り上げ、自分の気持ちが変わると、直ちに「王の姿を奪い取ってしまう」というようなことは「あり得ない」と断言できるでしょうか。

主イエスの御前に「真心をもって平伏す」ことなく、形だけの礼拝を守っている者は、この兵士たちのように、状況次第で簡単に主イエスを自分自身の王座から引きずり下ろして信じることを止めてしまうのです。

神の御子を十字架につけた罪は、自覚なしに行った兵士たちも背負わなければなりません。無知な兵士たちの一時の気まぐれな礼拝が、「ゴルゴタへの道」の出発点でなされたということの意味を、良く考えてみるべきでしょう。

更に、29節以下にある様に、通りがかりの者も祭司長や律法学者たちも、言っていることは同じです。

主イエス・キリストの十字架を自分の問題として考えない人々の「言うことは同じ」なのです。「もし神なら十字架から降りてみよ」「全能の力があるならば、現してみよ」。この声は、以前、どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。ゴルゴタの丘で、十字架の下から上がる数々のこの声こそ、サタンの最後の誘惑なのです。「それを見たら信じよう」と祭司長たちは言いました。

本日共に読まれた旧約聖書の詩編第22編は、主イエスの十字架の場面とつながっています。特に、主イエスが十字架の上で最後に祈られた、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)」が、この詩編22編の冒頭の言葉です。それだけでなく、8~9節に「わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い、唇を突き出し、頭を振る。『主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら、助けてくださるだろう』」は、29節以下の、通りかかった人々が頭を振りながら主イエスをののしり、「自分を救ってみろ」と言ったことと結びつきます。また19節「わたしの着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く」は、兵士たちが主イエスの服をくじ引きにして分けたことと結びつきます。主イエスの十字架は、この詩編22編に預言されていたことの成就、実現だったのです。主イエスがこのような苦しみを受けて死なれることを、父なる神は旧約の時代から計画しておられ、予告されていたのです。十字架にかけられて死ぬ、この主イエスをこそ、神はユダヤ人の王、神の民の王として、神の救いにあずかる者たちが従うべき王として立てられたのです。

もし、主イエスが十字架から降りて来て、ローマ軍を滅ぼしたとしても、群衆の「罪の重荷」はどうなるでしょう。

御子が世に来られた目的は、私たちの罪の贖いであり、主イエスがこの世に来られたのは、自ら「贖いの小羊」となり、十字架の上ですべての人々の「罪」を清算することです。

「もし神なら十字架から降りてみよ。そうしたら信じよう」という言葉は、十字架の御業を避けて通ることであり、身代わりの死を認めず、罪の中に留まり続けることです。

これが、世に来られた「神の御子の目的」「すべての人間の救い」を台無しにしてしまおうとする「サタンの最後の挑戦」でした。主イエスをからかったローマの兵士や通りがかりの人々、祭司長や律法学者たち、そして隣の十字架に架けられた男まで、ありとあらゆるところに、サタンは誘いの手を伸ばしていたのです。

十字架への道が「悲しみの道、ヴィア・ドロローサ」と呼ばれるのは、主イエスが十字架を背負って歩いたからではありません。あの時、道の傍らに立った人々が、十字架を背負った主イエスを見ながら、「誰一人として自分の罪の姿」を見ようとしなかった、その惨めさを言っているのです。

キリストの御苦しみが、「私の救いのためであった」ということを知らされた者には、ゴルゴタへの道は、もはや「悲しみの道」ではなく、罪と訣別する「喜びの道」であり、そこから、永遠の生命に至る道が始まるのです。

この神のみ心、ご計画を信じることが私たちの信仰です。主イエス・キリストの十字架の苦しみと死とが私たちの罪のための、私たちの身代わりとしての苦しみと死でありました。主イエスは私たちが期待しているような強い者としてではなく、私たちの罪を背負わされ、罪人である私たちが裁かれて絶望の内に死ななければならない筈の十字架の死を引き受けて、その苦しみを嘗め尽くして下さることで、私たちのまことの王、救い主となられたのです。

自分が思い描いている強い救い主を求めることをやめて、神が遣わして下さった主イエス・キリストを信じて、その十字架の苦しみと死とによって神が与えて下さった救いを信じる時に、私たちの生き方は変わっていきます。生まれつきの私たちは、自分が強い者、立派な者になろうとしています。それによって自分の人生を切り開き、願いを叶え、充実した人生としようとしています。そういう思いによって私たちは、自分を救い、人をも救うことのできる強い救い主を待ち望んでいるのです。しかし神が私たちに与えて下さる救いは、強い者、立派な者となる力を与えることではありません。むしろ、どうしようもなく弱い者であり、立派なになり得ない罪人である自分、これこそが、全てのメッキがはぎ取られた所に現れる本当の自分であるわけです。その弱い罪人である本当の自分が、主イエス・キリストの十字架の苦しみと死とによって担われ、赦され、支えられているのです。

主イエスはマルコ福音書の8章34節で「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と言われました。

主イエスに従っていくことが信仰者の歩みですが、それは自分の願っている力や栄光を求めていく歩みではなく、十字架の死への道を歩まれた主イエスの後に続いて、自らも重い十字架を背負いつつ、復活の希望に向かって歩み続けることなのです。

お祈りを致しましょう。