時が来た

主日礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌75番
讃美歌150番
讃美歌532番

《聖書箇所》

旧約聖書:出エジプト記 12章編40-42節 (旧約聖書1,079ページ)

12:40 イスラエルの人々が、エジプトに住んでいた期間は四百三十年であった。
12:41 四百三十年を経たちょうどその日に、主の部隊は全軍、エジプトの国を出発した。
12:42 その夜、主は、彼らをエジプトの国から導き出すために寝ずの番をされた。

新約聖書:マルコによる福音書 14章32-42節 (新約聖書92ページ)

◆ゲツセマネで祈る

14:32 一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。
14:33 そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、
14:34 彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」
14:35 少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、
14:36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」
14:37 それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。
14:38 誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」
14:39 更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。
14:40 再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。
14:41 イエスは三度目に戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。
14:42 立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」

《説教》『時が来た』

主イエスと弟子たちが最後の晩餐を終え、エルサレム市街を出てオリーブ山へと向かったのはもう夜更けでした。本日の聖書箇所の最後42節に、「立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た」とあり、主イエスを裏切ったユダに手引きされた人々がこの後やって来て主イエスは逮捕されます。夜が明けてから裁判が行われ、その日の内に主イエスは十字架につけられて殺されるのです。この苦しみと死を目前にして主イエスはここで祈られました。ゲツセマネとはヘブライ語で「油絞り」と訳される言葉で、エルサレム市街を囲む城壁の門を出てキドロンの谷をこえてオリーブ山への道を300m程上ったところに今もあります。

今日の聖書箇所のテーマは、先週の説教と同じ、先週のコイノニア会とも同じ「祈り」です。最後の食事を終えた主イエスは、弟子たちを連れてこの場所に「祈り」に来られました。そして、八人の弟子たちを入口に留め、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人だけを連れてゲッセマネの園の中に入り、次に、ペトロたちを残して、お一人でさらに奥へ入って行かれ祈り続けられたと記されています。

ゲツセマネの園の物語は、主イエス御自身が選ばれた弟子たちの物語でもあり、主イエスが「ここで待て」と言われたとき、待つことの大切さも語られているのです。

今、神の御業の頂点とも言うべき十字架の前の時に、主イエスに選ばれ、主イエスに後を託される者が、どのように御心に応えたのか。今日のゲッセマネの出来事は、「痛恨の物語」でもあります。

33節に主イエスが「ひどく恐れてもだえ始め」とありますが、口語訳では「恐れおののき、また悩み始めて」と訳されており、また文語訳では「いたく驚き、かつ悲しみ出でて」と訳されています。また、34節には「わたしは死ぬばかりに悲しい」と語られており、ルカ福音書では、ここのところに「汗が血の滴るように地面に落ちた」という言葉を加えています(ルカ22:44)。これは、主イエスが、決して落ち着いて平静ではなかったことを示していると言えましょう。

多くの殉教物語やギリシャの哲学者ソクラテスなど偉人の物語は、落ち着いて死に直面、粛々と死を受け入れる人物を多く描いています。しかし主イエスは、偉人の死の固定観念をもっていません。主イエスの死は、父なる神のご意志に従うことを苦しむ、一人の人間の苦悩として私たちに伝わってきます。主イエスは、この死の時が過ぎ去ること、杯が取り除かれることを願っているのです。主イエスは、十字架の苦難を望んでいません。父なる神の目的が実現することを望んではおられますが(10:45)、しかしできるならば何か別の方法でこれが実現することを望まれています。しかし、主イエスの崇高なご意志により、父なる神の御計画が成し遂げられるようにと、「わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(36)と祈られているのです。死に直面し苦悩する主イエスの姿は聖人・偉人の死に向かう姿と比較され多くの人々から疑問を投げ掛けられていると言えましょう。

私たちは、このゲツセマネの主イエスの姿に読み取る時に「死を恐れる主イエス」を見てはいないでしょうか。しかし、よくよく読んでみましょう。十字架へ向かう主イエスの御姿を仰ぐ時、何処に「死を恐れる主イエス」が描かれているのでしょうか。

33節に記されている「恐れてもだえ始め」を、主イエス御自身の死に対する恐れと見るところに、根本的な誤ちがあります。ご自身の十字架を過越の祭りの時に実現しようと決心されたのは、主イエス御自身でした。大祭司を初めとする人間たちの計画では、「祭りの間はやめておこう」(14:2)ということでしたが、主イエスご自身がイスカリオテのユダの密告を許したため、急遽この時になったものです。十字架への道は、主イエス御自身の意志によって選び取られた道であったのです。

つまり、主イエスの十字架を目前にしての苦しみを、「この私たち、自分自身の問題である」ということに気付かない人には、所詮、ゲツセマネの主イエスの祈りは理解できないでしょう。

聖書に記されている「死」とは、神の信頼を裏切り、神の愛に背を向けた人間の罪に対する「神の裁き」です。その「神の裁き」をご自身が受け止め、人が赦されるために世に来られたのが、御子イエス・キリストでした。

主イエスの十字架の苦しみは、神の御子イエス御自身の死の問題ではなく、神の独り子が十字架に架けられなければならない程の人間の罪の深さに向けられた、神の怒りの激しさに直面する「恐れ」なのです。

それは、36節で主イエスが、「御心に適うことが行われますように」と祈られていることからも分かります。「御心のままに」という神への服従こそ、人間にとってもっとも正しい道だからです。

ソクラテスは自分の信念のために死にました。誰のためでもなく、自分の主張を覆すことをせず、自分の意志を貫きとおすために毒杯をあおったのです。言わば、「自分が播いた種であった」とも言えるでしょう。

しかし、主イエス・キリストは、一体、誰のために、何のために十字架につけられたのでしょうか。

神の裁き・怒りは、罪なき神の御子主イエスには、向けられる筈がありません。私たちの罪に対する神の裁きを、ご自身の身に受けようとされる主イエスの愛が、御自身を苦しめているのです。主イエスは、すべての人の罪を一身に引き受け、私たちが受けなければならない「罪がもたらす苦しみ」を、神の御前に祈り続けてくださっているのです。

弟子たちも含めた人々の救いのために「もだえ苦しみ」ながら祈り続けられる主イエス、そんな時に「弟子たちは眠っていた。」(37)のです。実に情けない姿と言わざるを得ません。これが、十字架と復活の出来事を全世界に宣べ伝えさせるべく主イエスご自身が選ばれた人々だったのです。

主イエスが選び、親しく教え、宣教の務めのすべてを託そうとしている人物です。主イエスの召しに応え、家を棄て、仕事も棄て、文字通り寝食を共にし、各地を巡り歩いて来た弟子たちです。

その弟子たちが、石を投げれば届くほどの近いところで、主イエスが血の汗を流して祈っている時に、居眠りをしていたというのです。主イエスの御苦しみを、誰も共に受けようとはしなかったのです。彼らは、何故、眠ってしまったのでしょうか。

38節で主イエスは「心は燃えても、肉体は弱い」と、人間の意志と行いのアンバランスを指摘されています。

「キリストに奉仕したい」「永遠の生命を得たい」と私たちは願います。勿論このように志すことは結構なことであり、その意欲が強いことは素晴らしいことでしょう。

しかし、そう願いながらも、現実にはパウロがローマの信徒への手紙7章19節で語るように、「善をなそうとする意思はありますが、それを実行できない」のが弟子たちであり、私たちなのです。神に選ばれた者のもっとも大切な場面で、その自覚がないまま、「眠り」という情けない誘惑に身を委ねてしまうのが、私たちの現実の姿ではないでしょうか。

かくして、十字架の御業に加わるべき機会すら、選ばれた弟子たちは失ってしまいました。初めに述べた「痛恨の物語」とはこのことなのです。ここにある主イエスの孤独な悲しみ・苦しみは、まさに、十字架が必要な人間の「罪の現実の姿」そのものであったのです。

苦しい祈りを続けられて三度目に戻って来て情けない弟子たちの姿を見て、主イエスは、更に強く決心されました。41節で「時が来た」と主イエスは言われました。「何度言っても頼りにはならない」と見切りを付けられたのではありません。「何たることか」と叱られたのでもありません。そうではなく、この御言葉は父なる神の御計画のとおり進んでいるという宣言なのです。神が定められた「時」とは、弟子たちも含めた人間を暗黒の「罪の時」から、「救いの時」に変えることでした。

40節に弟子たちが、「イエスにどう言えばよいのか、分からなかった」と記されています。寝ぼけ眼で、何がなんだか分からずにいる人間の前に、「神の時」は訪れるのです。

その「神の時」のために、主イエスが、ただ御一人、この夜、祈り続けて下さったのです。

遠い昔、イスラエルの民がエジプトでの奴隷の苦しみから解放された日のことを、先程司式者にお読み頂いた旧約聖書出エジプト記に、明確に記されています。「主は、寝ずの番をされた」。主イエス・キリストの御業をかつてのイスラエルの民の出エジプトになぞらえ、「第二の出エジプト」と表現されているのです。エジプト脱出の「あの夜の寝ずの番」は、ゲツセマネの主イエスの寝ずの祈りなのです。

眠ってしまうすべての人々の救いのために、主イエスは、ただ御一人、「寝ずの番」「寝ずの祈り」をしてくださったのです。神が定められた「十字架の救い」の前に、弟子たち、私たちがなすべきことは「祈り」以外には何もありません。

主イエスは「祈りなさい」と言われ続けているのです。このゲツセマネの夜、主イエス・キリストが弟子たち、私たちに命じられたのは、「祈れ」「祈り続けよ」ということだけでした。

「祈り」は生きて働いておられる神様・イエス様との対話です。神様は必ず私たちの祈りを聞いてくださいます。神様からの答えが必ずあります。私たちは、神様のため、教会のため、愛する家族や隣人のため、祈り続ける者でなければなりません。

お祈りを致しましょう。

新しい契約の血

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌67番
讃美歌140番
讃美歌4480番

《聖書箇所》

旧約聖書:出エジプト記 24章3-8節 (旧約聖書134ページ)

24:3 モーセは戻って、主のすべての言葉とすべての法を民に読み聞かせると、民は皆、声を一つにして答え、「わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います」と言った。
24:4 モーセは主の言葉をすべて書き記し、朝早く起きて、山のふもとに祭壇を築き、十二の石の柱をイスラエルの十二部族のために建てた。
24:5 彼はイスラエルの人々の若者を遣わし、焼き尽くす献げ物をささげさせ、更に和解の献げ物として主に雄牛をささげさせた。
24:6 モーセは血の半分を取って鉢に入れて、残りの半分を祭壇に振りかけると、
24:7 契約の書を取り、民に読んで聞かせた。彼らが、「わたしたちは主が語られたことをすべて行い、守ります」と言うと、
24:8 モーセは血を取り、民に振りかけて言った。「見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である。」

新約聖書:マルコによる福音書 14章22-25節 (新約聖書91ページ)

◆主の晩餐

14:22 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」
14:23 また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。
14:24 そして、イエスは言われた。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。
14:25 はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」

《説教》『新しい契約の血』

いよいよ、マルコによる福音書14章は、「最後の晩餐」と呼ばれる紀元30年の過越の食事の場面です。この食事の際、いろいろなことがありました。その中で、共観福音書が一致して語っている本日の物語は、最後の晩餐のクライマックスであり、現在のキリスト教会の聖餐式の原型となっている聖書箇所です。

聖餐式は、私たちが信仰者として、この世を生きて行くに当たって、欠くことができない聖なる礼典であり、ともすれば崩れがちな弱い私たちの心を支え、聖霊なる神の臨在によって神の国への道程を守る恵みの聖礼典です。

そして、この恵みの御業である聖餐式を、主イエスが地上における最後の夜に教えて下さったというところに、主イエスの深い配慮を受け取らねばなりません。聖餐式とは、主イエスが別れに当たって残された「愛の形見」でした。

それは22節の「一同が食事をしているとき」に始まりました。ここで「食事をする」とは、「空腹になった」とか「食事の時間になった」ということではありません。聖書にある食事とは「信仰の交わり」を意味し、「もっとも親しい交わり」を表すものでした。聖書では「神の国」を、食事の場によって象徴しているのです。

信仰において、「交わり」「共に集まる」ということは、重要な意味を持っています。ヨハネによる福音書によれば、甦りのキリストが御姿を示されたのは「一同が集まっている時」でした(ヨハ20:19-27)。

また、主イエスの昇天の後、聖霊なる神が降ったのも「一同が集まっている時」であり、教会そのものの特徴が「集まること」の中にあらわされています(使2:1以下)。

主イエス・キリストの恵みは、キリストが選び、召し集められた者の集まる場所において顕されるのです。

主イエスによる最初の聖餐式は「過越の食事」でした。これは偶然その日行われたのではありません。すべては神の御計画の通りであり、何より主イエス御自身が、この夜の「過越の食事」の準備をなさったのです。

過越の祭とは、モーセに率いられたイスラエルの民のエジプト脱出記念日です。そしてこのエジプト脱出は、ユダヤ人たちの信仰の原点であるというだけではなく、現在の私たちキリスト教信仰にとっても重要な日なのです。

これは、単なる歴史上の出来事ではなく、私たちの時代に神の御業を予め形作ると書く「予型」と言えるのです。

何故、予め形作る「予型」かと言うと、エジプトでの奴隷という「束縛からの解放」が、サタンに捕らえられた「罪の束縛からの解放」を同じ解放として重ね合わせられているということです。そして、40年にわたる「シナイの荒野の彷徨」が、試練の連続とも言える人生の荒野を行く、私たちの生涯に重ね合わせられます。脱出したイスラエルの民が導かれる乳と蜜の流れる「約束の地カナン」は、私たちが目指す「永遠の御国」と重ね合わせられているのです。

この「予型」としての重ね合わせにより、かつての「救い恵み」が、現在の恵みとして理解され、過去の約束の確かさが、今の私たちを支えているのです。

エジプト脱出の夜、人々は何の準備も出来ず、大急ぎで焼いた種なしパンを持って出て行く以外、方法がありませんでした。そして、荒野において準備のない人々は、神が与えて下さった「マナ」というものを食べて旅をしたと記されています。そして「マナ」は人々が約束の地カナンの食べ物を手にするときまで続きました(出エジプト記16章参照)。

毎年、過越祭の夜、人々が固いパンを食べる毎に、あのとき「何の準備も出来なかったこと」、それにも拘らず「神が養って下さったこと」を繰り返して感謝したのです。それが「過越の食事」でした。

主イエスは、この過越記念の食事で、パンを示し、「これはわたしの体である」と言われました。この「(体)からだ」とは「身体」「肉体」という意味ではなく、ヘブル語では「全人格」を意味する言葉です。主イエスは御自身を私たちの前に差し出されたと言うことです。シナイの荒野では、旅路を全うするために「天からのマナ」が必要であったように、人生を生き抜いて行くためには、私たちが「永遠の御国に入るまで養って下さる」主イエス・キリストが必要なのです。

主イエスは、パンを差し出し「取りなさい」と言われました。この御言葉は「御自分のすべてをささげ尽くす」という決断の表明です。私たちが受け取る「永遠の生命」「神の国」とは、御子キリストが、御自身のすべてをささげ尽くす、愛の犠牲によるものなのです。

また、主イエスは杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」(24)と言われました。

「赤い色をした葡萄酒」を飲むことで、キリストが流された「血の犠牲」を受けることを、思い起こさなければなりません。旧約において、「血」は、神と人間との関係に重要な意味を持っていました。

それは「身代わりの血」を意味しています。アブラハムがモリヤの山でイサクを犠牲にしようとした時、神は、アブラハムを止め、「身代わりの雄羊」を用意して下さったと記されています(創世記23章参照)。それは、「犠牲の血」を想い起こさなければなりません。祭儀の際、犠牲の血を祭壇に振り掛けるのは、動物の血がなだめの供え物の役を果たすと信じられていたからです。さらにその「血」は、「契約の血」でもあります。祭司が祈りと共に祭壇と民に「血」を注ぐことによって、神聖な共同体が誕生しました。契約は、献げられた「血」によって、初めて有効となるからです(出24:3-8)。また、かつてのエジプト脱出の夜、イスラエルを守ったのも戸口の柱と鴨居に塗られた「小羊の血」であったことも、忘れられないことです。これらの旧約の出来事を、主イエスが再現しておられることは明らかです。

主イエス・キリストが、十字架の上で流す御自身の血によって、私たちを罪の束縛から解放する「身代わりの小羊」となり、「贖罪の小羊」として、罪の赦しを獲得して下さり、神を「父」と呼ぶことの出来る「新しい契約」を、ご自分の血によって成立させて下さったことを思い起こさなければなりません。

そして、主イエスは、その「血」を「多くの人のために流す」と言っておられますが、これはすべての人々、全人類のためにという意味であり、あらゆる人々を対象とするということです。

ここで思い起こさなければならないのは、「わたしはあなたを愛している」という言葉です。救いの御業は、不特定多数の人々のために行われるのではなく、常に「わたしとあなた」という、一対一の関係の中でなされているのです。

ここにある「多くの人」とは、主イエスから向けられた、「あなた」と呼ばれる私たち一人ひとりと理解すべきです。そして、キリストが言われている「あなた」とは、他の誰かではなく、常に「このわたし」なのです。

最後の晩餐で、杯を取られた主イエスが「これはあなたのために流すわたしの血である」と言われたのです。私たちは、「主はわたしのために死なれた」ということを、心から告白するべきです。

そしてさらに私だけでなく、私の隣人に向かっても、「わたしはあなたのために血を流す」と主イエスが言われていることを思うと、主にある交わりとは何であるかを理解することが出来るでしょう。教会とは、このような場所なのです。

25節には主イエスが「はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」と不思議なことを言われました。この「新たに」とは「質的に新しい」という意味で、異なる状態を表すものです。さらに、「その時まで決して飲まない」ということは、「その日には飲むのだ」という御言葉と理解できるでしょう。これは、主イエスからの訣別の言葉であると共に、やがて到来する「神の国の食卓での再会」を約束する御言葉でもあるのです。

私たちは、その日を目指して生きています。キリストと共に永遠の安らぎを楽しむ日を待ち望みつつ、かつてイスラエルの民が彷徨った荒野になぞらえられる「この世の旅路」を生きているのです。

新しい記念すべき日が主イエスによって誕生しました。過越の食事に代わる「新しい記念すべき食事」がここに制定されたのです。それこそが、私たちに与えられた「聖餐式」の恵みです。

毎月第一週の聖餐式で読まれるコリント人への手紙 第一 11章23節~26節の「聖餐式制定の御言葉」をお読みします。「わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。」

この恵みの食卓、聖餐式に一人でも多くの隣人であるご家族や友人が共に与れますよう、共に救われ「神の御国」を約束された新しい契約の民となれますようお祈りいたします。

お祈りを致します。

御心の実現のために

主日礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌136番
讃美歌355番
讃美歌517番

《聖書箇所》

旧約聖書:出エジプト記 12章21-36節 (旧約聖書112ページ)

◆主の過越

12:21 モーセは、イスラエルの長老をすべて呼び寄せ、彼らに命じた。「さあ、家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。
12:22 そして、一束のヒソプを取り、鉢の中の血に浸し、鴨居と入り口の二本の柱に鉢の中の血を塗りなさい。翌朝までだれも家の入り口から出てはならない。
12:23 主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される。滅ぼす者が家に入って、あなたたちを撃つことがないためである。
12:24 あなたたちはこのことを、あなたと子孫のための定めとして、永遠に守らねばならない。
12:25 また、主が約束されたとおりあなたたちに与えられる土地に入ったとき、この儀式を守らねばならない。
12:26 また、あなたたちの子供が、『この儀式にはどういう意味があるのですか』と尋ねるときは、
12:27 こう答えなさい。『これが主の過越の犠牲である。主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越し、我々の家を救われたのである』と。」民はひれ伏して礼拝した。
12:28 それから、イスラエルの人々は帰って行き、主がモーセとアロンに命じられたとおりに行った。

◆初子の死

12:29 真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、
12:30 ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人が出なかった家は一軒もなかったので、大いなる叫びがエジプト中に起こった。
12:31 ファラオは、モーセとアロンを夜のうちに呼び出して言った。「さあ、わたしの民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。
12:32 羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、わたしをも祝福してもらいたい。」
12:33 エジプト人は、民をせきたてて、急いで国から去らせようとした。そうしないと自分たちは皆、死んでしまうと思ったのである。
12:34 民は、まだ酵母の入っていないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包み、肩に担いだ。
12:35 イスラエルの人々は、モーセの言葉どおりに行い、エジプト人から金銀の装飾品や衣類を求めた。
12:36 主は、この民にエジプト人の好意を得させるようにされたので、エジプト人は彼らの求めに応じた。彼らはこうして、エジプト人の物を分捕り物とした。

新約聖書:マルコによる福音書 14章1-11節 (新約聖書90ページ)

◆イエスを殺す計略

14:1 さて、過越祭と除酵祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、なんとか計略を用いてイエスを捕らえて殺そうと考えていた。
14:2 彼らは、「民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていた。

◆ベタニアで香油を注がれる

14:3 イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。
14:4 そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。「なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。
14:5 この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」そして、彼女を厳しくとがめた。
14:6 イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。
14:7 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。
14:8 この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。
14:9 はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」

◆ユダ、裏切りを企てる

14:10 十二人の一人イスカリオテのユダは、イエスを引き渡そうとして、祭司長たちのところへ出かけて行った。
14:11 彼らはそれを聞いて喜び、金を与える約束をした。そこでユダは、どうすれば折よくイエスを引き渡せるかとねらっていた。

《説教》『御心の実現のために』

主日礼拝において連続してマルコによる福音書を読み進めてきました。いよいよ、この14章から受難物語となります。主イエスが、捕えられ、十字架につけられて殺される、その苦しみと死を語って行く箇所に入るのです。

14章1節に「さて、過越祭と除酵祭の二日前になった」とあります。これは、主イエスの十字架の死の二日前ということです。この祭りの真っ最中に主イエスは十字架にかけられたのです。ユダヤの指導者であった祭司長たちが「民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていたのに、主イエスの十字架の死がこの祭りの最中に起こったということは重要です。様々な成り行きの中で、主イエスの十字架は彼らの計画よりも早くなったのです。それは、人間の様々な思いや事情を超えて働く父なる神様の御心によることでした。その主なる神の御心の意味を今日は考えたいと思います。

過越祭と除酵祭とは、どういう祭りだったのでしょうか? それは、本日共に読まれた旧約聖書の出エジプト記第12章に語られています。

「過越祭」とは、エジプトで奴隷とされていたイスラエルの民を主なる神が救い出して下さったことを記念する祭りです。イスラエルの民を去らせようとしなかったエジプト王ファラオが、ついに彼らの解放を認めたのは、神の使いがエジプト人の長男と、最初に生まれた雄の生き物を全て殺すという恐るべき災いを下されたからでした。その時、イスラエルの民の家では、小羊が犠牲として殺され、その血が戸口に塗られたのです。その血の印のある家を、神の使いは通り過ぎて、つまり過ぎ越して、何の災いも下しませんでした。イスラエルの人々は、この小羊の犠牲の血によって災いから守られ、エジプトから脱出することが出来たのです。そのことを記念して、「過越の小羊」と呼ばれる羊の血を戸口に塗り、その肉を食べるのが「過越祭」です。出エジプト記12章26節以下に、過越祭の食事の席で、「この儀式にはどういう意味があるのですか」と子供たちが問い、それに対して親は「これが主の過越の犠牲である。主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越し、我々の家を救われたのである」と答えなさいとあります。親から子へと、主なる神の救いの恵みが語り継がれ、継承されていったのです。

また「除酵祭」とは、この過越祭に続いて七日間守られる祭りです。パン種つまり酵母を入れず膨らませないで焼いたパンを食べるので酵母を除く祭と書いて「除酵祭」と呼ばれています。その意味は出エジプト記12章33節以下にあるように、「エジプト人は、民をせきたてて、急いで国から去らせようとした。そうしないと自分たちは皆、死んでしまうと思ったのである。民は、まだ酵母の入っていないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包み、肩に担いだ」とありました。つまりイスラエルの民は、酵母を入れて発酵させている暇がないほど急いでエジプトを脱出したので、そのエジプト脱出を記念して除酵祭が行われるのです。

本日のマルコ福音書の聖書箇所は、お聞きになってすぐに明らかなように、二つの部分から成り立っています。第一の部分は1節と2節、それに10節から11節に分けて記されている「ユダの裏切り」の物語です。もう一つは、その間に挟まれた3節~9節の「ナルドの香油」の物語です。

この、一見関係のなささそうな二つの物語を通して、神の御前に立つ人間の姿、人間の前に立つキリストの御姿を合わせて考えることが今日の大切なテーマです。

主イエスは、エジプトでの奴隷生活からイスラエルを解放するために子羊の血が必要であったように、今、罪に囚われている人々を解放するために、御自分の血を流す決意をしておられるのです。そして、その「十字架の時」、歴史の中でもはや二度と繰り返されることのない「決定的な時」を、記念すべき過越祭の日に神が定められたのです。神の御計画による緊迫した「時の接近」であるとマルコ福音書は記しているのです。

しかし一方で、この「神の時」に対して、祭司長や律法学者たちユダヤ人の指導者たちは、この祭りの間は主イエスを手にかけることを延期しようと考えていました。彼らは、彼らなりに最善の手段を考えていたのでしょう。過越の祭には、世界中からユダヤ人が集まって来ます。世界各地に散っていた人々は、この日を待ちかねてエルサレムに帰り、普段は2万5千人程の町に「300万人が集まった」と、紀元60年当時を歴史家ヨセフスは記しています。この時に、「イエスに同調する者がいて騒いだら大変なことになる」と心配した祭司長たちは、もっとも混乱の少ない時を選ぶべきであるという政治的配慮をしたかったのでしょう。さらに、祭りをつかさどる者として、自分たちの責任が問われることがないために、「時」を延ばそうとしたのでしょう。人間の計画としては、「このときイエスを十字架につける計画はなかった」ということが、マルコ福音書14章2節の語るテーマであり、その人間の計画が崩れ、結局「神の御計画のとおりになった」ということが、最大のポイントなのです。そして、その重要な鍵となったのが「イスカリオテのユダ」でした。

「ユダが、何故イエスを引き渡したのか」ということについては、古くから、さまざまな説明がなされています。ある人は「金が欲しかったから」と言い、ある人は「サタンにとり憑かれた」と言います。いろいろな人がこの問題について語っており、その本音は聖書には何も書かれておらず、真実を、今となってはユダに聞くことも出来ません。

しかし明らかなことは、そして私たちにとってもっとも重要なことは、このユダの行為によって、「祭司長たちは自分たちの計画を変更せざるをえなかった」ということです。「その時が迫った」という主イエスの宣言に対して「時を延ばそう」という祭司長たち人間の計画が、ここにおいて一気に崩れてしまったのでした。

神が定められた「時」の前で、人間の計画や配慮など何の力を持たないことを、ここに認めなければなりません。祭司長たちの配慮が、ユダ一人のために簡単に崩れてしまったのです。神の御計画にあって人間の配慮などは、せいぜいこの程度のものなのです。

ユダの裏切りを 「祭司長たちは喜んだ」と記されています。彼らは「イエスを殺す」という自分たちの思いが達成されると喜んだのですが、しかしそれは「罪に仕える人間の敗北である」とマルコは語っているのです。「その時」を決定したのは主イエス御自身であり、主イエスは御自身を告発しようとしているユダのもくろみを知っておられながら、止めることもせず、弟子たちに妨害を命じることもなかったからです。

ルカによる福音書4章13節には、40日40夜にわたる荒野の誘惑の後に「悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた。」と記していました。まさに、「時」が来たのです。このとき「ユダの中に、サタンが入った」のです。その意味では、「ユダの行為はサタンの働きの下にあり、イエスを十字架につけたのはサタンの導きによるものである」と言えるかもしれません。変えられたのは人間の計画であって、神の計画ではありません。むしろ、サタンの業が、「神の時を延ばそうとする人間の計画」を打ち砕いてしまった、神がサタンを用いて人間の計画を打ち砕いたのです。

「人間の思いと神の御計画」について、3節以下で更に「イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壷を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。『なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。』そして彼女を厳しくとがめた。」と再び私たちに迫られるのです。

「ナルドの香油」とは、ヒマラヤ原産の植物の根から採るもので、非常に高価なものです。通常、石膏と訳されている「アラバスターの壷」に入れ、密封して保存します。大切な客があったときなど頭に数滴を注いだり、また金持ちは、埋葬の時などにも使用しました。5節によれば、壷一杯で300デナリオン以上と記されています。これは、当時の労働者300日分の給料ですから、現在の価値に換算して約200~300万円の高価なものです。

この女性の名前も、また何故このような思い切ったことをしたのかという理由も、マルコ福音書は語っていません。ここでこの女性の行動を見た人々が「憤慨した」とあります。ここで「憤慨した」と訳されている言葉は、「激しい怒り」という意味です。5節にその理由として、「貧しい人々への施し」がありますが、確かに三百デナリオンは当時の大金であり、それだけあれば大勢の人々に食料を与えることが出来たでしょう。ですから、それを一度に使い果たしてしまうということは「もつたいない」ということではあっても「激しい怒り」とは、どう言うことでしょう。それは、「貧しい人々への施し」という言葉の背景にあるもの、それが「無駄遣い」であり、「無意味」であるということです。ヨハネ福音書12章4節によれば、この怒った男はイスカリオテのユダであったと記されています。これが、ユダの言葉であったとするならば、「ユダにサタンが入った」とルカ福音書が語っている通りです。サタンの業とは、キリストに仕え・献げることを「無駄遣い」とすることだからです。

これがサタンにとり憑かれた者、罪の奴隷になっている者の姿です。「貧しい人々のため」とは耳に心地良い言葉ですが、その言葉でキリストに仕えることを妨げているのです。貧しい人々のことを考えているようで、実は、自分の主義主張・思想を守り、神に仕える者の足を引っ張るだけのものでしかないのです。

主イエスは、「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるであろう。」と言われました。しかし、この女性が「主イエスの葬りの準備」をしたのではないことは明らかです。この時、誰一人として、主イエスの死を考える者はいなかった筈です。彼女は、主イエスへの感謝を、「自分のすべて」を献げることで表したのでしたが、結果的には、主イエスにはこの後、埋葬に至るまで、誰も油を塗ることは出来ませんでした。主イエスに油を注いだ女性の行動は葬りへのはなむけになったのでした。主イエスは、迫り来る「最後の時」を目前にして、弟子たちの「人間の自己中心的な考え方」を、この女性の「すべてを献げ尽くす行為」を通して教えられたのです。

イスカリオテのユダが、何故、主イエスを引き渡したのか、また、この女性が、何故、あれ程までに主イエスに尽くしたのかを議論する必要もありません。聖書が語るのは、主イエス・キリストが、ただひたすらに、私たちの魂の救いの実現に向かわれたということです。主イエスを殺そうとする人間の意志も、主イエスの死を飾ることになった愛の行為も、すべては神の御心の通りに実現する救いの御業に用いられて行くだけなのです。神の御計画は、罪の中に生きる人間のあらゆる妨害にも拘らず、御心のままに実現して行くのです。

すべては神の御心でした。人はユダを裏切り者と呼びます。しかし、本当の裏切り者とは、この神の愛に背を向け、キリストの救いを邪魔だてする者のことです。言葉を持って表現しきれない程の神の愛を、今、私たちは受けているのです。この素晴らしい救いの恵みをお一人でも多くの方々に与って頂くために、私たちは「新しい生命」に行かされているのです。

私たちの愛する家族・友人がお一人でも救われますよう、お祈りを致しましょう。

信じる者には、何でも出来る

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌19番
讃美歌380番
讃美歌420番

《聖書箇所》

旧約聖書:出エジプト記 19章9節 (旧約聖書857ページ)

19:9 主はモーセに言われた。「見よ、わたしは濃い雲の中にあってあなたに臨む。わたしがあなたと語るのを民が聞いて、いつまでもあなたを信じるようになるためである。」モーセは民の言葉を主に告げた。

新約聖書:マルコによる福音書 9章14-29節 (新約聖書78ページ)

9:14 一同がほかの弟子たちのところに来てみると、彼らは大勢の群衆に取り囲まれて、律法学者たちと議論していた。
9:15 群衆は皆、イエスを見つけて非常に驚き、駆け寄って来て挨拶した。
9:16 イエスが、「何を議論しているのか」とお尋ねになると、
9:17 群衆の中のある者が答えた。「先生、息子をおそばに連れて参りました。この子は霊に取りつかれて、ものが言えません。
9:18 霊がこの子に取りつくと、所かまわず地面に引き倒すのです。すると、この子は口から泡を出し、歯ぎしりして体をこわばらせてしまいます。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。」
9:19 イエスはお答えになった。「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をわたしのところに連れて来なさい。」
9:20 人々は息子をイエスのところに連れて来た。霊は、イエスを見ると、すぐにその子を引きつけさせた。その子は地面に倒れ、転び回って泡を吹いた。
9:21 イエスは父親に、「このようになったのは、いつごろからか」とお尋ねになった。父親は言った。「幼い時からです。
9:22 霊は息子を殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました。おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。」
9:23 イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」
9:24 その子の父親はすぐに叫んだ。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」
9:25 イエスは、群衆が走り寄って来るのを見ると、汚れた霊をお叱りになった。「ものも言わせず、耳も聞こえさせない霊、わたしの命令だ。この子から出て行け。二度とこの子の中に入るな。」
9:26 すると、霊は叫び声をあげ、ひどく引きつけさせて出て行った。その子は死んだようになったので、多くの者が、「死んでしまった」と言った。
9:27 しかし、イエスが手を取って起こされると、立ち上がった。
9:28 イエスが家の中に入られると、弟子たちはひそかに、「なぜ、わたしたちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と尋ねた。
9:29 イエスは、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」と言われた。

《説教》『信じる者には、何でも出来る』

マルコによる福音書9章に入って、主イエスは、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人だけを連れて「高い山」に登り、神の栄光をお教えになりました。それは、僅か一瞬の出来事でしたが、それまで隠されていた「イエスこそ終末のメシア・キリストである」という神の御業の秘密を見ることか出来ました。「山上の変貌」と呼ばれるこの物語は、弟子たちにとって、思いがけない至福の時でありました。そして主イエスは弟子たちと共に山を下りるとき、再び死と復活による本当の救いについて予告をされます。

その「山の上」から下って来た「山の下の世界」即ち現実の世界は、主イエスの御心とはかけ離れた姿をとっていました。本日の14節以下には、「一同がほかの弟子たちのところに来てみると、彼らは大勢の群衆に取り囲まれて、律法学者たちと議論していた。群衆は皆、イエスを見つけて非常に驚き、駆け寄って来て挨拶した。」とあります。

この時、山の下には、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人を除く弟子たちが残されていました。彼らのところに、悪霊に憑かれた子供を持つ父親がやって来たのです。ナザレのイエスの評判を聞き、恐らく最後の望みを主イエスに託して来たのでしょう。しかし、そこに主イエスは居られず、主イエスの帰りを待つ弟子たちだけがいました。

主イエスの居られない時の弟子たち。帰りを待つ弟子たち。これは何を意味しているのでしょうか。それは、今、私たちが置かれている状況とも言えるでしょう。そのことから、本日の物語を見て行くことにします。

教会とは「イエスの帰りを待つ者の群れ」とも言えます。そして、「イエスの帰りを待つ者の群れ」には、イエスの御言葉と御業とを委託されているのです。世の人々は、この「イエスの帰りを待つ者の群れ」に、イエスに期待したことを代わって実現することを要求したのです。

悪霊に憑かれた子供を持つ父親は、主イエスが留守であることを知ると、弟子たちに癒しを願いました。かつて、弟子たちが各地に派遣された時、彼らは「多くの悪霊を追い出し、多くの病人を癒した」と6章13節には記されており、決して突拍子もない無理な願いではありませんでした。ですから、彼らはその時の経験を思い起こし、癒しを試みたのでしょう。しかし、この日、奇跡は起こりませんでした。弟子たちは悪霊を追い出すことに失敗したのです。

ある人は、「これは暗い物語である」と言っています。何故なら、「イエスを待つ者の群れ」が示す、哀れな姿だからです。残された弟子たちは、主イエスの留守の間も御言葉を語り、福音を宣べ伝えていたことでしよう。無為に過ごしていたとは考えられません。彼らは彼らなりに、宣教の御業に励んで来たことでしよう。しかし今、明らかになったことは、彼ら自身には「何も出来ない」ということなのです。主イエスと共に居たときには可能であった癒しの奇蹟が、「弟子たちだけでは全く出来ない」ということに気付かされたのです。この失敗が、律法学者たちにとって絶好の攻撃目標になったのは、当然のことでした。

世の中には、自分では何もしないが他人の失敗を決して見逃さない、という人が沢山います。「イエスの帰りを待つ者の群れ」即ち教会が語ることを、その傍で聞いているようなふりをしながら、ひとたび教会の無力さが顕わになった時、時を移さず、直ちに非難の矢を向けようと構えている人々が大勢いるのです。

弟子たちは自分たちだけでは悪霊を追い出すことが出来ませんでした。病気を癒すことに失敗したのです。そこで、律法学者たちは「何故治らないのか」と問い質したのでしょう。14節には「議論をしていた」と記されていますが、それは議論などというものではなく、失敗の追及とその弁明という「互いの言い争い」「罵り合い」と言うべきものと思われます。「何故、治らないのか、出来るならやってみよ」「お前たちが邪魔して煩しいから気が散って駄目だ」。せいぜいそんなところでしよう。

この罵り合いが「問題の本質」に関わるような論争ではなかったことは、子供の父親を含めた群衆が、帰って来た主イエスを見つけるや否や、直ちに彼らを離れて走り寄ったことからも明らかです。

父親の願いは悪霊に苦しめられている子供を救うことでした。しかし弟子たちも律法学者たちも、互いに相手を非難し攻撃するだけで、病気の息子を連れて来た父親の心を少しも考えていません。この罵り合いには父親の痛みが全く顧みられておらず、苦しむ息子を前にして途方に暮れている者を無視し、ただ単なる宗教上の議論に終始している、人間的対立でしかありませんでした。

ですから、集まった群衆にも、聞くに耐えないものであったのでしょう。「もはや、この人々ではどうにもならない」という絶望でしかなかったのです。

19節の主イエスの嘆き「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。」とあります。

この主イエスの嘆きが、主イエスの周りだけのものであった、とは言えないでしょう。また主イエスの指摘する「あなたがた」とは、この時の弟子たちや律法学者たち、群衆だけに限定されているとは言えません。私たちは、「山の下」に住み、「イエスの帰りを待つ者の群れ」として、この御言葉を聴かなければならないのです。

この時、最も非難されているのが弟子たちであるのは明らかです。15節によれば、「群衆は皆駆け寄って来た」と記されているのに、弟子たちのことは記されてはいません。主がお帰りになった時、真っ先に駆けつけるのが弟子の姿であるはずです。自分たちに課せられた困難な課題を、主イエス・キリストに委ねるのが弟子の為すべきことである筈です。誰よりも先に、誰よりも熱心に主のもとに駆けつけ、苦しみを訴えるのが召された者の姿ではないでしょうか。

主イエスが「信仰がない」と決め付けられたのは、彼らが奇跡を行えなかったからではなく、弟子として最も大切なことが欠けていることを指摘しておられるのです。

「イエスは主である」「ナザレのイエスこそキリストである」という口先だけの告白など、何の役にも立ちません。8章29節に記されているように、彼らは、確かに、ペトロと共に、フィリポ・カイサリアで主イエスへの信仰を告白しました。しかしその信仰告白が、自分の生きる姿の中に表されていなければ、新しいことは何も起こらないのです。主は主であり、しもべはしもべです。しもべは主の下にあって初めてしもべであり、主から離れて独立しようとする時、しもべは、「主の栄光を映し出す務め」を放棄することになるのです。

20節から24節には、「人々は息子をイエスのところに連れて来た。霊は、イエスを見ると、すぐにその子を引きつけさせた。その子は地面に倒れ、転び回って泡を吹いた。イエスは父親に、「このようになったのは、いつごろからか」とお尋ねになった。父親は言った。「幼い時からです。霊は息子を殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました。おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。」イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」。その子の父親はすぐに叫んだ。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」とありました。

ここのイエスの御言葉は、父親に語られていますが、むしろ弟子たちへの想いが込められているように聞こえます。神の子キリストにとって、悪霊を追い出し、病気を癒すことは簡単なことでした。事実、25節以下に記されているように、イエスの一言で悪霊は逃げ出すのです。ですから、この父親の求めを聞くだけならば、また律法学者たちを黙らせるだけであるならば、23節と24節の「信じる者」の話は不要な筈です。

しかし、この時、主イエスにとって最も大切であったことは、十字架への時が切迫しているこの時、後を託す弟子たちの霊的成長であったことは、「何時まであなたがたと共にいられようか」という19節の御言葉からもあきらかです。

「信じる者には何でもできる」。この御言葉を、弟子たちはどんな気持ちで聞いたでしょうか。彼らは「信じる者」になっていた筈でした。少なくとも、フィリポ・カイサリアでペトロと共に信仰告白した時、彼らは「信じる者になった」筈です。しかし今、現実に自分たちの無力さを知らされた時、同時に、「信じる者になり切れていない自分」を、思い知らされたのです。

「信じる者」とは、どのような人なのでしょう。「信じる者」は、本当に何でも出来るのでしょうか。29節で主イエスは、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」と言われた。」とあります。

「信じる者」とは、「祈る者のことである」と主イエスは言われているのです。「信じる」とは「祈る」ことであり、「祈る」ということは、「自分の全てを神に委ねること」です。「祈り」は、人間の独り言ではなく、祈る者は、聖霊の御導きにより、神とキリストとの交わりの中に招かれるのです。

神との交わりに於いては、自分の主導権を全く放棄することが「真実の祈り」です。ですから、「祈り」によって神に委ねた出来事は、もはや人間の業ではなく、神の御心がそれを実現して行くのです。このことが明らかであるならば、「祈り」において不可能を想定する人はないでしよう。「もし出来れば」という「祈り」はあり得ないのです。

もう一度申し上げます。「祈り」とは、人間の勝手な独り言ではなく、祈る者と主なる神が、聖霊なる神の御導きによって、交わりの姿をとることです。そしてその祈りの中で、御心の実現を求めるのがキリスト者というものです。

もしあの時、弟子たちが御心を第一に考えて祈っていたとするならば、彼らは、誰よりも先に、帰って来られた主イエスのもとに駆けつけた筈です。つまり、24節の「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」との叫びこそ、弟子たちの言葉でなければならなかったのです。

この物語は、「教会にとって最も大切なものは何か」ということを明確に示しています。主イエスは、御前に平伏した父親に、「信じる者には何でも出きる」即ち「祈る者に不可能はない」と、はっきりと言われました。

この御言葉を聞く時、多くの人々は「不可能はない」という言葉の大胆さに驚きます。そんなことがどうして言えるのかと不思議に思います。しかし、よく考えてください。「祈り」によって起こるあらゆることは御心の実現であり、「神の御業に不可能はない」のです。本当に驚かなければならないのは、その不可能がない大きな力を持つ「祈り」が、「私たちに祈ることが許されている」ということなのです。

私たちは、今、「山の下」にいます。最も大切なことは、「山の下の教会が常に祈りに満たされている」ということです。

教会は何をする所かと問われるならば、確信を持って、「教会は祈る所です」と答えるべきです。それ以外にはありません。私たちは、祈ることによって、主から託された使命を果すべく生きているのです。山の下で、キリストが再び帰って来られることを待つ者の群れである私たちは、主が教えて下さったように、「ひたすら祈る」のです。

教会に託されている祈りの交わりを軽んじ、共に祈ることを怠る者には、教会の本当の力が分かりません。現代の教会の切実な問題は、祈りの欠乏であり、特に祈祷会の衰退でしょう。そう言った意味で、私たちの教会で毎週行われる水曜日の祈祷会を充実させることこそ、主なる神の御恵みです。

私たちの教会は、祈る者で満ちていなければなりません。家族の救いを祈り、主の御栄えを祈り、地域の救いを祈り、神の宮としての教会の栄光を祈るのです。祈る者だけが主の力の偉大さに触れることが出来るのです。

キリスト者は、祈りの信仰の中にこそ、生きなければならないのです。

お祈りを致します。

けがれ

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌 2番
讃美歌520番
讃美歌98番

《聖書箇所》

旧約聖書:出エジプト記 29章33-34節 (旧約聖書143ページ)

29:33 彼らは、自分たちの任職と聖別の儀式に際して、罪の贖いとして用いられた献げ物を食べる。それは聖なるものであるから、一般の人は食べてはならない。
29:34 もし、この任職の献げ物の肉やパンが翌朝まで残ったならば、焼き捨てる。それは聖なるものであるから、だれも食べてはならない。

新約聖書:マルコによる福音書 7章14-23節 (新約聖書74ページ)

7:14 それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。
7:15 外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」
7:16 (†底本に節が欠落 異本訳) 聞く耳のある者は聞きなさい。
7:17 イエスが群衆と別れて家に入られると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。
7:18 イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。
7:19 それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出される。こうして、すべての食べ物は清められる。」
7:20 更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。
7:21 中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、
7:22 姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、
7:23 これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」

《説教》『けがれ』

本日の説教題を「けがれ」とつけました。本日はマルコによる福音書第7章14節以下をご一緒に読むのですが、ここには、本当に人を汚(けが)すものは何なのか、ということについての主イエスの教えが語られています。何が人を汚(けが)すのか、ということが、当時のユダヤ人たちにとって大変大きな問題だったのです。旧約聖書には、清いものと汚(けが)れたものとを区別するための大変細かい掟が記されています。汚(けが)れたものに触れて汚(けが)れを身に負ってしまうと神様の前に出ることができなくなるからです。この汚(けが)れは衛生的な問題ではなくて宗教的な意味での汚(けが)れのことを言っています。旧約聖書には、そのように汚(けが)れてしまった人が身を清めて再び神様の前に出るためになすべき儀式や捧げものについても細かく書かれています。この旧約聖書に語られている、清いものと汚(けが)れたものについての教えは私たちキリスト者においてはもう乗り越えられているのです。しかしそれはどのようにして乗り越えられたのでしょうか。時代が新しくなって合理的な考え方が定着してくると、そのような感覚は自然に乗り越えることができたのでしょうか。そんなことではありません。私たちが、日常の生活の中で「これは清いものか、汚(けが)れているか」などと気にすることなく生きていけるのは、本日語られている主イエスの教えがあるからです。

先週の説教では、ファリサイ派の人々や律法学者たちが、「食事の前の手洗いという伝統的な宗教儀式を主イエスの弟子たちが守らない」ということを非難しました。それに対し、主イエスは、律法を与えて下さった神の御心に従うことを疎かにしている彼らの形式主義の誤りを指摘しました。

本日のこの14節以下では、律法学者たちが出した問題に対する答えを、律法学者たちに向かってではなく、主イエス御自身が呼び寄せた群衆に対して語られるのです。この主イエスのお姿は、ファリサイ派の人々や律法学者たちに対する神の裁きを示すと共に、古い時代との訣別と新しい歩みを明らかにしています。

14節にある、「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい」、これは当時の人々にとって大胆な驚くべき発言でした。何故なら、当時の人々にとって、ここにある「聞く」という言葉は「聖書に聞くこと」「聞き従うこと」を意味したからです。勿論、この場合の聖書とは旧約聖書のことです。

イスラエル最古の信仰告白と言える申命記6章4節以下の御言葉は、「聞け、イスラエルよ」という言葉で始まります。「シェマー・イスラエール」という呼びかけで始まるこの聖句を、現代でもイスラエルの人々は家の全ての戸口に貼り付けており、祈りの時には身体に付けます。神は語り、人はそれを聞く。それが神の民の生き方の基本であったからです。神は聖書を通して語り、人は聖書を通して御言葉を聴く。そしてその御言葉を解釈して語る律法学者たちの言葉がイスラエルの人々の生活を支配していました。

御言葉を解釈する権威を持つ律法学者たちの前で、彼らを無視して、今、主イエスは群衆に向って「わたしに聞け」と言われたのです。神の御子としての隠されている主イエスの御業の一端を、主イエス御自身がお示しになったのです。

15節の、「外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」、これが御言葉の中心であり、ここに「新しいこと」が語られているのです。ペトロを初めとする弟子たちがこの御言葉を理解出来なかったということは、17節でこの御言葉を弟子たちが「たとえ」として聞いたことからも明らかです。15節の何が「たとえ」なのでしようか。

「汚(けが)れ」については、既に7章1節以下の先週の説教で詳しく述べましたが、重要なことなので、もう一度、簡単に繰り返しておきます。先ず、ここでは「ケガレ」と読み、「ヨゴレ」とは読みません。食事の前の手洗いは、ユダヤ人にとって「ヨゴレ」の問題ではなかったからです。重要なことは「ケガレ」です。「神の御前に出られない状態」を「穢(けが)れ」と言います。

イスラエル民族は小さく弱い民族でした。他の民族と一緒になったら必ず飲み込まれてしまいます。そして周辺の人々は全て偶像礼拝の民族でした。偶像礼拝によって神の御名を「汚(けが)す」ことこそ避けなければなりません。それ故に、主なる神は異民族に近づくことを禁じられました。これを「分離」と言いました。偶像礼拝から引き離された民、それを「聖なる民」と言うのであり(出エジプト記29章33節~34節)、旧約聖書ヘブライ語で「分離」「聖別」を意味した“コーディシュ”という言葉が「聖なる者」(ギリシア語ではハギオス)という意味になったと先週お話しました。

しかし今、主イエスは全く新しいことを示されました。主イエスはその考え方を根本から否定されたのです。18節の、「外から人の体に入るもので、人を汚(けが)すことの出来るものは何もない」という御言葉は、異邦人という、神から遠ざけられた者を危険ではない受け入れなさいと肯定するものでした。19節では、「外から入って来るもの」の代表として食物があげられています。しかし勿論、主イエスが単なる食物のことを語っているのではないことも明らかです。

ユダヤ人にとっての食物は、レビ記11章に詳しく記されているように、食べてよいものと悪いものとが現代においても厳密に区別され、これまた分離の大切な「しるし」でありました。それ故に、ユダヤ人は「他の民族と一緒に食事をしない」ということが固く守られるようになりました。ですから、「全ての食物は清い」と主イエスが言われたことは、実は、現代のユダヤ人にとっても驚くべき宣言であるのです。

神様は、万物を創造された時、「それを見て、よしとされた」と創世記は祝福を語っています。神様が造られたものは「全て、よいもの」でありました。この世界は「清いもの」として造られたのです。

ですから、ここに語られた主イエスの御言葉は、今や、神様に造られた全てのものが「本来の姿を取り戻す時が来た」ということを告げているのです。

それでは「汚(けが)れ」は全く消滅したのでしようか。そうではありません。20節以下には、「人から出て来るものこそ、人を汚す」とあります。それは、「つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」と主イエスは言われました。

「汚(けが)れ」とは、「神の御前に出ることが出来ない状態」のことであり、私たちをそのような状態に引き落とすものが、「自分の心の中にある」というのです。この21節以下の悪のリストと言うべきものは、心の中から出る悪の代表的な例に過ぎません。

私たちは、何故、人を欺くのでしょうか。ねたみを抱き、悪口を言います。傲慢であり、無分別です。これらの醜い姿は心の中にあるのです。口から出る言葉が、目に見えない隠された心の罪を顕わにするのです。心の卑しい人は、口から出る言葉によって醜さを現し、言葉に棘のある人は、そのことによって、心に思いやりの少ないことを示すのです。

神に背を向けた人間の生きざまがさまざまな悪となって表面に現れて来ます。それは、赦されざる罪の結果であり、私たち全てが背負っている罪が「聖なる民」となることを妨げているのです。

「外からの汚(けが)れ」。即ち、異邦民族からの分離や食物などによる差別は、キリスト・イエスの一言によって消滅しました。イスラエルが長く守って来た分離の思想は、神の御子主イエスによって、それまでの意味を失いました。しかしながら、人の中に存在し続ける「汚(けが)れ」即ち「罪」は、御子の死「十字架」を待たなければ解決しなかったのです。

弟子たちはそれを理解できずに17節で主イエスに尋ねました。主イエスは、罪について実に明確に語ったのですが、弟子たちには、それが分からなかったのです。このことは、罪を背負って生きる人間、弟子たちでさえ罪の中にあれば、「汚(けが)れ」の意味が如何に理解できなかったのかに具体的な姿と言えるでしよう。

主イエスはこのように、人の汚(けが)れは外から入って来るのではなくて、人の心の中から生まれるのだとおっしゃいました。汚(けが)れは洗って落とせるような外側にあるものではない、あなたがたの心そのものが汚れの源なのだ、とおっしゃったのです。それはファリサイ派の人々や律法学者たちに対する批判であるだけではありません。私たちが、自分は清く正しい者であり、ある人を悪人であると差別しようとする時、その前提には、自分がもともと清い者であり、汚れは外から入って来る、という思いがあるのです。主イエスはそういう私たちに対して厳しい否をつきつけて、あなたがた自身の中に汚れがある、そこから悪い思いや行いが次々に外に出て来るのだと言っておられるのです。だから、外側をいくら一生懸命に清めても、私たちは清い者となることができないのです。

それでは私たちはどうすればよいのでしょうか。汚れは外側からではなく内側から、心の中から生じるのだから、外側ではなくて心の中をこそ洗い清めなさい、と主イエスは教えておられるのでしょうか。そうではありません。私たちが洗い清めることができるのはせいぜい外側だけです。心の中を自分で洗い清めることはできません。悪い思いを捨て、心を入れ替えて清い思いで生きようと決心しても、それは出来ることではありません。そのように決心する私たちの心そのものが汚れの源なのだと主イエスは言っておられるのです。

主イエスは、伝道の最初の時以来、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と語って来られました。「神の国は近づいた」、つまり神様のご支配が今や実現し、あなたがたを捉えようとしている、それが主イエスの教えの根本です。この主イエスの宣言にこそ、私たちの心にある汚(けが)れ、罪からの解放、救いがあるのです。その解放、救いは、神様が私たちを支配して下さることによって実現し、与えられます。その神様のご支配が、今や主イエス・キリストによって実現しようとしている、それが「神の国は近づいた」ということです。私たちの、汚れからの、罪からの解放は、主イエス・キリストによって与えられるのです。それは、私たちを支配している罪、汚(けが)れをすべて、ご自分の身に背負って十字架にかかって死んで下さるためでした。キリストの十字架の死によって、神様が私たちの罪を赦し、汚れをぬぐい去り、清めて下さったのです。それが「福音」です。「悔い改めて福音を信じなさい」とは、自分の力で自分の心を洗い清めようとするのではなく、キリストの十字架による罪の赦しという福音、救いの知らせを信じ受け入れて、その神様の恵みのご支配の下に身を置くことです。お一人でも多くの方が、とりわけ身近なの人々が共々に罪から救われますよう、お祈りを致します。

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