何を見ているのか

主日礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌2番
讃美歌404番
讃美歌515番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 110編1-7節 (旧約聖書835ページ)

110:1 【ダビデの詩。賛歌。】わが主に賜った主の御言葉。「わたしの右の座に就くがよい。わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう。」
110:2 主はあなたの力ある杖をシオンから伸ばされる。敵のただ中で支配せよ。
110:3 あなたの民は進んであなたを迎える/聖なる方の輝きを帯びてあなたの力が現れ/曙の胎から若さの露があなたに降るとき。
110:4 主は誓い、思い返されることはない。「わたしの言葉に従って/あなたはとこしえの祭司/メルキゼデク(わたしの正しい王)。」
110:5 主はあなたの右に立ち/怒りの日に諸王を撃たれる。
110:6 主は諸国を裁き、頭となる者を撃ち/広大な地をしかばねで覆われる。
110:7 彼はその道にあって、大河から水を飲み/頭を高く上げる。

新約聖書:使徒言行録 1章6-14節 (新約聖書213ページ)

◆イエス、天に上げられる
1:6 さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。
1:7 イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。
1:8 あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」
1:9 こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。
1:10 イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、
1:11 言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」
◆マティアの選出
1:12 使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。
1:13 彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。

《説教》『何を見ているのか』

本日特に注目したいのは、主イエスの昇天、復活された主イエスが天に上げられたことです。いよいよ始まる新しい時代が主イエスの昇天に始まったということは、重要な意味を持っていると言えるでしょう。この「昇天」という言葉は、日本語では、「死ぬこと」を意味する言葉として用いられますが、主イエスの昇天はそれとは全く違います。主イエスの昇天とは、生きていた時の人の身体ではなく、新しい霊の身体をもって復活し、もはや死ぬことのない新しい命を生きておられる主イエスが、その生きた体のままで天に昇られたということです。

さてルカはこの使徒言行録で、復活した主イエスの昇天を語る前に、主イエスと弟子たちとの問答を記しています。弟子たちは6節で主イエスに「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と問い掛けました。

イスラエルのために「国を建て直す」とは、旧約聖書に預言されていたメシア、救い主が現れる時に実現すると期待されていたイスラエルの救いです。長く国を失い、あるいは一応国はあっても外国の支配下にあって本当に独立しているとは言えない状態に置かれてきたイスラエルが、救い主の出現によって国の力を盛り返し、外国の支配から脱して自分たちの国を、メシアの王国として立てる、そういう救いをイスラエルの民は待ち望んでいたのです。

残念なことに、弟子たちの期待は、なお「民族主義的な地上の王国」の枠から出ることが出来なかったのです。弟子たちは、救いが、「この時なのですか」という問い掛けをしますが、主イエスは、「時に関する質問」を「あなたがたの知るところではない」(7)と厳しく退けられました。ここを、ある翻訳は「知らなくてもよい」(新改訳)と訳していますが、むしろ「知ることはできない」という意味であり、ある人は「知る権利はない」(岩波訳)と訳しています。「知ろうと思うこと自体が間違いである」という、はっきりとした、主イエスの否定が込められた無条件の否定なのです。

「時を待つ」弟子たちの気持ちから見れば、「実現の時を尋ねたい」と思うのは当然であり、自分が生きている間に「この目でメシアの時代を見たい」と願うのは自然の感情でしょう。しかし、主イエスは、「そのような予想をしてはならない」と言い切っておられるのです。何故なら、神の国実現のための御業は、「神御自身の権威」で、「人間の領域の外」での決定だからです。その弟子たちの問い掛けに対して、主イエスは「あなた方の上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりではなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(8)と答えられました。選ばれた人間の使命は「わたしの証人となる」ことにあるのです。

「証人」(マルトゥス)とは「目撃者」という意味であり、そこで起こった出来事、実現した出来事を正しく証言する者のことです。決して、自分で予想したり、推測したり、判断を加えるようなものであってはなりません。「出来事そのものを忠実に語る」ということは、そのために自分が受ける不利な事柄、憎しみや怒りや損害等を覚悟しなければなりません。或る場合には、正直に「見たことを、見たままを語る」ことによって、自分を不利な立場に追いやることになり、生命さえ危なくせざるを得ないこともあるでしょう。それ故に、この「証人」という言葉は「殉教者」という重い意味を持つようになりました。

ここで約束されている「聖霊が与える力」とは、この証人となることのためのものなのです。聖霊の支えによって、誠実な証人として立つことが出来るのです。今、ここに集められた使徒たちに問われることは、「語るべき何を見て来たのか」また「今、何を見ているのか」ということだけなのです。

使徒言行録では弟子たちのことを「使徒たち」と呼んでいます。その意味は、「遣わされた者」ということです。復活された主イエスと出会った弟子たちは、主イエスによって使命を与えられて遣わされていくのです。その使命のために、「あなたがたは力を受ける」(8)のです。「そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(8)と、与えられた使命とは、主イエスの証人、証し人としての使命です。主イエスのことを宣べ伝え、主イエスによって父なる神が成し遂げて下さった救いのみ業を伝える、そのために彼らは派遣されていくのです。

主イエス・キリストの昇天は、弟子たちに「主イエスの証人となる」という「新たな務め」が与えられたのです。私たちは、昇天を神話的なものと見なし、聖日礼拝で唱える信仰告白も惰性的に繰り返すだけで、主イエスの「昇天」を強く意識することがないかもしれません。主イエスのことを宣べ伝える証人となれとは、証人の群れとなれ、教会を作れとの命令なのです。

教会の成立が、弟子たちの上に聖霊が降ることによって実現する、それが使徒言行録2章の聖霊降臨(ペンテコステ)の出来事です。この8節はペンテコステにおける教会の誕生を予告しているのです。主イエスの復活によって実現していくのは、イスラエルのための国の再興ではなくて、新しい「教会の誕生」です。

主イエスのこの言葉は、使徒言行録全体の予告であると言うこともできます。神が主イエスによって打ち立てて下さる新しいイスラエルの国、教会は、異邦人を巻き込みつつ、全世界に広まっていくのです。

最後に、ルカの著作第一巻であるルカ福音書の最後のところの主イエスの昇天の記事と、第二巻である本日の使徒言行録の記事を比べてみたいと思います。福音書では、「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた」(ルカ24:50-51)と、「天に上げられた」までで。主イエスの姿が見えなくなったということは全く語られていません。ルカ福音書においては、主イエスの弟子たちへの祝福ということに強調を置いて昇天が語られているのです。つまり、ルカは第一巻の福音書と第二巻の使徒言行録の両方で主イエスの昇天を語っていますが、福音書と言行録のそれぞれで別の見方で語っているのです。福音書では、主イエスの生涯の締めくくりとして、弟子たちへの祝福の姿が描かれています。主イエスの地上のご生涯の帰結、そこで成し遂げられたことは、私たちに対する祝福だった、ということが福音書では語られているのです。それに対して使徒言行録では、復活された主イエスが、弟子たちに使命を与え、彼らのもとを去り、目に見えない存在になる、ということを語っているのです。

主イエスが去って、目に見えない存在になる、それは大変心細い、不安なことです。けれどもそこに、代って与えられるものがあるのです。それが聖霊です。天に昇り、去って行かれた主イエスに代って、聖霊が弟子たちに降り、与えられるのです。その聖霊が弟子たちに力を与え、彼らが全世界へとキリストの証人、使徒として立てられていくのです。教会はそのようにして生まれ、成長し、歩んで来たのです。教会こそ、新しいイスラエル、新しい神の民なのです。

私たちは今、この新しいイスラエルである教会に連なり、教会の礼拝を守りつつ歩んでいます。聖霊によって生まれ、聖霊の導きのもとに歩む教会において、神の救いのみ業が前進していく、そのただ中に今私たちはいるのです。しかし、私たちは、復活された主イエス・キリストの姿をこの目で見たり、手で触れることができません。それは何故か。主イエスがもう二千年も前の方だからではありません。主イエスはもはや死ぬことのない方として復活し、目に見えるお姿をもって弟子たちに出会われたのです。そのまま地上に居られたら、二千年後の私たちも、復活された主イエスをこの目で見ることが出来た筈です。今、主イエスを見られないのは、天に昇られたからです。この地上を去って天に昇り、目に見えない方となられたからです。しかし、その主イエスの代りに、今私たちに働いておられるのが、聖霊なる神です。弟子たちに降り、力を与え、彼らを主イエスの証人として立て、遣わされた聖霊が、今、私たちにも働いて、力を与え、私たちを主イエスの証人として立て、遣わし、教会を、新しい神の民をここに興し、救いのみ業を前進させて下さるのです。

弟子たちは、主イエスが天に昇っていき、見えなくなった天をいつまでも見上げていました。するとそこに白い服を着た二人の人、天使が現れ、主イエスが「またおいでになる」ことを告げられました。天に昇られた主イエスは、またおいでになる方です。まことの神としての権威と力とをもって、主イエスが天から再び降って来られる日がいつか来るのです。その時、今は隠されている主イエスの、そして父なる神のご支配があらわになり、完成するのです。主イエスの昇天と再臨の間の時代を、聖霊の導きによって歩むのが教会なのです。その教会に連なって生きる私たちは、目には見えないけれども、しかし復活して永遠の命を生きておられる主イエス・キリストと共に生きることが出来るのです。そのような信仰の生活を私たちに与え、力強く導き、支えて下さる聖霊が、今私たちに働きかけて下さっているのです。

お祈りを致します。

神の御業実現のために

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌19番
讃美歌352番
讃美歌79番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 33編1-5節 (旧約聖書863ページ)

33:1 主に従う人よ、主によって喜び歌え。主を賛美することは正しい人にふさわしい。
33:2 琴を奏でて主に感謝をささげ/十弦の琴を奏でてほめ歌をうたえ。
33:3 新しい歌を主に向かってうたい/美しい調べと共に喜びの叫びをあげよ。
33:4 主の御言葉は正しく/御業はすべて真実。
33:5 主は恵みの業と裁きを愛し/地は主の慈しみに満ちている。

新約聖書:使徒言行録 1章1-5節 (新約聖書213ページ)

◆はしがき
1:1 -2テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。
◆約束の聖霊
1:3 イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。
1:4 そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。
1:5 ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」

《説教》『神の御業実現のために』

本日から、使徒言行録を皆様とご一緒に読み、御言葉に聞いていきたいと思います。

一般的に、使徒言行録は礼拝説教で取り上げられることの少ない書物と言われています。部分的に取り上げられたり、引用されることは多くても、連続して講解説教していくことは多くないと言われています。その理由の一つには、説教のしやすい書ではない、ということがあるでしょう。使徒言行録に語られているのは、主イエスの十字架の後に教会がどのようにして誕生し、どのように発展していったか、ということです。そのことが、何人かの使徒たち、伝道者たちの働きを描くことによって語られていきます。「使徒たちの言行録」という呼び方はそこから来ているわけです。そういう意味では、生まれたばかりの最初の教会の様子を知ることができる貴重な史料であり、教会の誕生と成長を描いた物語として面白いと言うことができます。しかし礼拝の説教として語られるべきみ言葉をそこに聞き取っていこうとするとなかなか難しい面があるのは事実です。

しかし、それでも敢えて使徒言行録を取り上げたのは、使徒言行録を皆様とご一緒に読みながら、主イエス・キリストによる救いにあずかり、主イエスに結び合わされて生きる者とされた人々が、教会という群れへと集められ、そこから押し出されてみ言葉を宣べ伝えるために、世界中に散って行きました。その働きによって主イエスの福音が世界に広まり、多くの人々が主イエスを信じて共に歩むようになり、それの働きによって至る所に、信じる者の群れである教会が生まれ、成長して一旦集められ、そして又広がる、それが伝道の働きでした。初代の教会の伝道の働きと、大きな活力を、皆さんとご一緒に体験し、それにあずかりたいと思ったからです。

使徒言行録を読むことは、使徒たちと共に私たちが伝道の旅に出ることです。今日から、皆さんと共に、新しい旅に出るのです。旅路の先に何が待っているのか、どんな素晴らしい体験が、喜ばしい出会いが与えられるのか、とても楽しみです。しかしまた、旅路の途上にはいろいろと苦しいこと、つらく悲しいこともあるでしょう。行き詰まってしまうこともあるかもしれません。その時は共に祈り合い、支え合い、助け合って苦境を乗り越えたいと願います。

四つの福音書の一つ、ルカによる福音書にも、これから私たちが読んで行こうとしている使徒言行録にも著者を示す記載は何処にもありません。

しかし、初代教会は、ルカが第3福音書(ルカによる福音書)と使徒言行録を書いたことを確かなこととして受け入れてきました。この2つの書からルカという人物についてよく知ることができます。ルカは謙遜な人で、この2つの書においても自らを黒子に徹して、キリスト・イエスが主であり、救い主であることと、この主イエスが弟子たちを用いて福音を全地にもたらしたことに書き記しています。ルカは教養のある人で、あらゆることを初めから綿密に調べて、順序立てて書くことのできた人でした。そして、パウロの伝道旅行に同行しており、そこで起ったことを目撃した者として書いたのです。ルカは医者でした、医者として事実を正確に見る訓練ができていたので、彼の歴史的な記述は信頼し得るものと考えられました。また彼はユダヤ人ではなくアンティオキア出身の異邦人でした。学識を備えたルカが神としての主イエスより、人としての主イエスの記述に他の福音書よりも強調をおいているのです。

使徒言行録は「テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著した」という言葉をもって始まっています。この書き出しは、聖書を読んでいる皆さんにはルカによる福音書の冒頭を思い出させるでしょう。

ルカによる福音書1章1節~4節小見出しで「献呈の言葉」と題して、「わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。」と、詳しく記されています。

使徒言行録はルカ福音書と同じように、「テオフィロという人物に献げられた」という形式をとっています。そこで、誰でも先ず問題にするのは、「このテオフィロという人物はどのような人か」ということでしょう。

ルカによる福音書および使徒言行録が書かれたのは、おおよそ紀元80年代後半と考えられます。その頃、ルカによって、主イエスの出来事を描いた書物が献げられるような人物は誰であったのかということは、興味深いことです。

しかしながら、結論から先に言えば、このテオフィロという人物については何も分かりません。使徒言行録26章25節で、ローマから派遣されて来ている地方長官フェストゥスに対して用いられている「閣下」(クラティストス)という特別な称号が、ルカ福音書1章3節のギリシア語原文を見るとテオフィロに用いられていることから、彼はローマの高官であったとも考えられます。しかし、使徒言行録では、その言葉は見出せません。原文のこの部分には、ただ、「テオフィロよ」と「閣下」の称号が付かずに呼び捨てにされているのです。

なお、何故か新共同訳聖書では、ルカ福音書が記している「閣下」(クラティストス)という言葉が「さま」と言う日本語に訳されており、使徒言行録では、原文にはない「さま」が不思議にも付いています。

或る聖書解釈者は、「第一巻、ルカ福音書を献呈されたローマの高官テオフィロは、福音書を読むことによってキリスト者になった。そこで、第二巻、使徒言行録が書かれた時には閣下という称号を外したのである。何故なら、教会の中ではすべて平等であり、世俗社会における役職、身分などは無視されるからである」と言っているのです。

これは解釈者の楽しい想像に過ぎないと言えるもしれませんが、ある意味では、私たちがこれから読み始める「使徒言行録の意味するところを示唆している」と見ることも出来ます。紀元80年代の教会には、奴隷をはじめとする貧しい階層の人々も多く、また、意外にも、頽廃した当時の社会に幻滅したローマ上流階級の女性たちも多く、それらの人々が、「差別意識を捨てて礼拝を守っていた」のでした。すべての者は神の御前に平等であるという福音の理想が、初代の教会において実現していたのです。私たちが使徒言行録を読んで行くにあたって、その人間同士の「平等」観念を読み取らねばなりませんが、それ以上に重要なことは、個々の人間を描くルカの姿勢を見なければなりません。

使徒言行録という表題から、誰でも使徒を中心とした物語だと思います。この表題から、「使徒の言葉と行い」という意味で理解するのが当然です。しかし、使徒言行録に「行い(行動)を伴って記されている使徒」は、ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、そして追加された使徒のパウロ、この四人だけなのです。しかも、ヤコブ、ヨハネの二人はほんの僅かに姿を現すだけであり、物語の前半はペトロ、後半はパウロが主な登場人物と言えます。

そのペトロですら、12章17節で「ほかの所へ行った」というあいまいな説明を最後に姿を消してしまい、15章のエルサレム会議を除けば行方不明のままです。そして、「残されたパウロの最後がどうなったのか」ということも、使徒言行録は語りません。ルカは、登場するすべての人物について、「全く関心を持っていない」と言わざるを得ません。

ルカが使徒言行録で語ろうとしていることは、「神の御業の発展」です。「パレスティナの片隅で始まった神の御業、福音」が、「如何にして全世界の人々を包み込んで行ったのか」が使徒言行録だというのです。この物語に姿を現す人々は、主なる神の御業に用いられ、仕えているに過ぎません。御業に仕えて働く人々は、歴史の流れの中でその役割を果たし、次々に代わって役割を担っていくだけなのです。

それ故に、主人公は、決して使徒を含めたいかなる人間でもなく、あらゆるものを用い、永遠の御計画の完成へ向かわれる主なる神と御子キリストの意志が中心であり、キリストが送られた聖霊なる神こそ、真実の主人公なのです。これは「使徒行伝」ではなく、「聖霊行伝」であるとさえいう人がいました。

そしてその「イエスの御業と御言葉」から始まる「新しい時代の姿」を語るのが「使徒言行録」です。

ルカが記そうとしているのは、1-2節にある「聖霊を通して指図された」新しい時代の出発です。ここから始まるすべてのことが、主イエスの言われた「聖霊による執行」なのです。

新しい時代はキリストの復活によって始まりました。そしてその復活は、ただ単に、「イエスが死んで甦った」という奇跡的な出来事だけではなく、「主は生きておられる」という旧約以来の永遠の真理を告げるものなのです。

「主は生きておられる」。私たちを愛し、私たちに語りかけ、私たちを導かれる主イエス・キリストは、十字架で死んで、遠く仰ぐだけの神でもなく、高きに居られるだけの神でもなく、いまも「生きて働いておられる神」なのです。日々、私たちに「人格的に接してくださる神」なのです。

ルカ福音書の主題が「神の御子の十字架と復活」であり、続く、使徒言行録の主題が「神の国の実現」であるとするならば、「教会」というものの持つ意味の重さが、神の救いの歴史の中で、いかに大きなものであるかが分かって来るのではないでしょうか。

教会とは、単なる「キリスト者の集会の場」や「礼拝の場」というだけのものではありません。教会は、父なる神の永遠の御計画実現の「器そのもの」なのです。ルカは、この序文において、これから語ることの重要性を先ず告げているのです。それは、4-5節にある「父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられる」と、「聖霊降臨」の予告であり、これから誕生するキリスト者の集まりが、「教会」として独自な働きをこの世において確立するために不可欠なもの、「それが与えられる」という約束です。

弱い人間が強くなり、散らされた者が集まり、迫害されていた者がすべてを愛のうちに包み込んで行く奇跡的な転換、その転換の時が、今、迫っているということです。

水のバプテスマは、「メタノイア:罪の悔い改め」へと導きましたが、来たり給う「聖霊によるバプテスマ」は、「新しい生命」を与えるのです。この序文は、まさに教会が誕生する瞬間の姿を、創世記1章の「天地創造」を思い起こさせると言えるでしょう。召し集められた者は、今、新しい創造を待っているのです。新たな神の民の群れの誕生を待っているのです。その誕生の場所は何処でしょうか。

「エルサレムを離れず」と記されています。使徒たちにとってのエルサレムは、迫害と憎しみの町でした。辱めと苦しみが取り巻いている町です。しかし「そこから逃げてはいけない」と命じられたのです。

何故なら、主なる神が、ダビデ以来、神の都と言われたその町を福音の出発の地として選ばれたからであり、神の民として生きる者は、自分の判断で「時と場所」を定める立場にないことを知るのです。福音宣教の計画は、人間の判断によるものではなく、神の御意思によるのです。

たとえ、不利な条件、相応しくない状況がその場にあったとしても、逃げ出すのではなく、「これが、主によって与えられた場である」という認識を、すべてのキリスト者は置かれた場について持つべきでしよう。

この「救い」の出来事は、歴史的には、今から二千年の昔に実現しました。しかし私たちは、改めて、二千年の「時」を超えて、この「救い」の歴史の中に入らなければなりません。

そして、あの時の人々の苦しみを現在の自分の苦しみとし、彼らが受けた喜びを自分の喜びとし、あの時明らかにされた神の恵みを、自分の身体全体で受け止めるのです。

キリスト者は、信仰により、時間を超えて、キリストの御業に出会う特権を与えられているからです。

この恵みを与えられる神の御心を明らかにしつつ、使徒言行録を聖霊を中心とした物語としてご一緒に読み進めたいと思います。物語は、早速「聖霊降臨」へと向います。新しく始まる教会の時代は、そこに待っているのです

お祈りを致します。

み言葉を待ち望みます

主日CS合同礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌11番
讃美歌183番
讃美歌494番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 130編1-8節 (旧約聖書973ページ)

130:1 深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。
130:2 主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。
130:3 主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら/主よ、誰が耐ええましょう。
130:4 しかし、赦しはあなたのもとにあり/人はあなたを畏れ敬うのです。
130:5 わたしは主に望みをおき/わたしの魂は望みをおき/御言葉を待ち望みます。
130:6 わたしの魂は主を待ち望みます/見張りが朝を待つにもまして/見張りが朝を待つにもまして。
130:7 イスラエルよ、主を待ち望め。慈しみは主のもとに/豊かな贖いも主のもとに。
130:8 主は、イスラエルを/すべての罪から贖ってくださる。

新約聖書:ルカによる福音書 1章68-69節 (新約聖書102ページ)

1:68 「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、
1:69 我らのために救いの角を、/僕ダビデの家から起こされた。

《説教》『み言葉を待ち望みます』

昔々、何千年も昔に神様は、動物や植物を創造され、最後に神様と対話することのできる人間アダムとエバを創られました。ところが神様につくられたアダムとエバは神様の言うことを聞きませんでした。神様の言うことを聞かないことを「罪」と言いますが、2人は罪を犯してせっかく神様が用意された「楽園」、「エデンの園」を出なければならなくなりました。アダムとエバは子供を産んで、その子孫の人間は地上に沢山増えていきました。増えた人々は相変わらず神様の言うことを聞こうとしない人々ばかりで、「ノアの洪水」のお話でお馴染みの様に神様は人間をいったん滅ぼして、この世界を創り直さなければならないと思われました。しかし、ノアの家族を選ばれた様に、先ずイスラエルの民を選ばれ神様を信じる人間として育て鍛えることにされました。

ところが、神様に選ばれたイスラエルの民も神様に従い通すことが出来ず、神様に対して大きな罪を犯しました。神様からいただいた恵みを忘れ、神様の言葉も聞かず、神様の悲しまれることばかりしていたのです。

すると神様はイスラエルの人々の信仰の目を開かせるために、バビロニアという強い大きな国を使って、イスラエルを攻めました。そんな強大なバビロニアに攻められ、イスラエルは戦いに負けてしまいました。町は壊され、大切な神殿も粉々にされてしまいました。そしてたくさんの人たちが敵の国に連れていかれてしまったのです。もうどうすることもできない、まるで深くて暗い穴の底に捨てられた様な絶望の中に置かれたのです。イスラエルの人々は、みんな、もう駄目だと思ってしまいました。イスラエルの人々に出来ることはただ一つ、神様に、「赦してください」と、祈ることだけしか残されていませんでした。

イスラエルの人々がバビロニアに連れていかれて何十年か経ってバビロンがペルシャに滅ばされましたが、神様が可哀そうに思われて、何と、囚われていたイスラエルの人々を敵の国から帰れる様になさいましたた。帰ることの出来たイスラエルの人々は、ボロボロになっていた町と神殿を立て直して、もう一度その神殿で礼拝することが出来るようになったのです。夢のようで本当に嬉しかったことでしょう。神殿に集い神様を礼拝すること。みんなで賛美の歌をうたうこと。自分の国で生きること。自分の家で過ごすこと。すべてが、私たちにとって当たり前のことです。

この時になってイスラエルの人々は、これらは、すべて神様に赦されて、神様からいただいて、はじめて出来ることなのだと知ったのでした。神様は赦してくださった。赦されて、国へ帰り祝福の中に置かれたのだと、心からそう思え、神様に感謝したのです。そして、この神様の救いを忘れないために、何度でも新しく神様の赦しをいただくために、人々は礼拝に出かけ繰り返しこの詩編の歌を歌い、祈りました。

「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら/主よ、誰が耐ええましょう。しかし、赦しはあなたのもとにあり/人はあなたを畏れ敬うのです」と。

この詩編は120~134編の「都に上る歌」と名前の付けられたものの一つです。これらの詩編は霊的な教会の営みにおいて歴史的に大きな意味を持ったものなのです。初代教会の「七つの悔い改めの詩」の6番目として広く知られています。罪の重荷からの救いを求め、神の顧みを忍耐強く待ち望んでいる詩編なのです。そして、その苦難のどん底で、なお明らかにされる神様への信頼が、読む者の心を強く打ちます。苦しい時代を生きるキリスト者が常に愛唱した詩編として有名なのも当然でしょう。

この詩編は、紀元前5世紀の終わり頃、ネヘミヤの時代に作られたものと考えられています。バビロン捕囚から釈放されて約百年ほど経過していますが、ユダヤ全土は未だひどい混乱の中にありました。バビロンから解放されイスラエルに帰国後、直ちにハガイ・ゼカリヤによる神殿復興が行われましたが(紀元前516年)、彼らが預言したようなメシア到来の日とはならず、人々は深い失望を味わっていた時代です。

さらに、バビロニアから解放されて帰ってきたユダヤ民族に対して、サマリヤ、エドム、モアブ、アンモンなど周辺諸族の敵意は強く、平穏な日々は遠いものでした。彼らは、ユダヤ人がバビロンへ連れ去られている間に勢力を伸ばして、ますます反ユダヤ的な色彩を強めていました。神殿を中心とする新しいエルサレム王国が起こることを恐れ、弾圧を加えたのでした。

この詩編が作られた時代、エルサレム神殿は荒れ、律法は行われず、預言の声も絶え、ユダヤ人たちは絶望と虚無のなかにありました。それも確かに「深い淵」のような魂のどん底と言うことが出来るでしょう。

この詩編の詩人はその苦しみを背負いながら神様を仰ぎ見ました。そして、その苦しみは、自分たちが神様から離れ、神様に背を向けて生きようとした罪の結果であるということを認めざるを得ませんでした。周辺の諸民族から加えられた圧力は確かに苦しいものであり、政治的・経済的破綻は堪え難いものでした。

しかしそれは、あくまで外面的・社会的苦難であり、果たして真実の苦しみなのか、それを問いかけているのです。ここに示される信仰は、もし神様が共にいてくださるならば、民が神様が共にいてくださることを喜ぶ人間であるならば、この時代の苦難にも容易に耐えられるであろう、ということなのです。ここで訴えている苦しみとは、外からのものではなく、他ならぬこの自分自身が神様から遠く離れており、もはや神様の御前に立つことが許されない罪を背負っているという事実でした。こうして詩人は、自分を、この世の苦しみより遥かに深い絶望のどん底に見出ださざるを得なかったのです。1節の「深い淵」とは、このような完全な絶望を意味する言葉です。「深き淵」とは、古代ヘブル人の考えでは、神様から最も遠い場所であり、神様の御光の射さないところ、神様との交わりが断たれたるところです。それにもかかわらず、なお詩人は、そこから神様を呼び求めているのです。神様を呼べないところから神様を呼んでいるのです。

ここに信仰の奥義があります。信仰とは、神様の恵みに満ち溢れたところで神様を呼び求めるだけでなく、神様に捨てられたところから、神様に叫び続けることなのです。絶望的な場にありながら、望みを断ち得ない必死の思いで神様を呼ぶとき、その声は、「深い絶望の淵」を越えて、神様に聞き入れられるのです。

なぜなら、神様は、人間の罪を厳しく糾弾され、死の苦しみを課されましたが、「主よ」と祈る余地を残しておかれたからです。絶望の底からあげた叫びは、4節の「しかし」という言葉によって、希望の歌に変わって行きます。なぜなら、神様は預言者たちが言うように、決してイスラエルを見捨てない神であるからです。

自分の罪を見つめ、自分が置かれた状況を認めることは大切なことです。しかし、人は自分の罪に眼を注ぐだけではいけません。罪の赦しと恵みの座にこそ眼を注がなければなりません。

人を罰するのが神様ならば、その罪を赦すのも神様なのです。罪の中で諦めて終わるのではなく、それでもなお神様の愛を求めるのが信仰です。エデンの園におけるアダムとエバのように、神様の赦しを諦めることこそ、罪と言うべきでしょう。

神様は正義の神様であると共に愛の神様です。神様の正義があらゆる悪の存在を許さないように、神様の愛は、人間のあらゆる思いを超える赦しとなるのです。そして神様の赦しが、あまりにも大きいので、私たちは、そこで喜ぶより、「畏れ、畏(かしこ)まらざるを得ない」のです。

神様に赦されて、今がある。何度も何度もこのことを思い出し、心に刻みながら生きていくとき、その人は必ず、自分の周りの人を「赦す」人になっていきます。

イエス様が教えて下さった「主の祈り」の言葉を思い出します。「我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。」 イエス様と一緒にこう祈りながら生きていくとき、私が神様に赦されていることの確かさが日ごとに満ち溢れていきます。

このイエス様の愛と赦しの素晴しさをもっともっと知って、お父さん、お母さんをはじめ、家族の人たち、お友だちに伝えて、イエス様の後に従って生きて行く、新しい希望に満ちた日々を送りましょう。

それでは、最期にご一緒にお祈り致しましょう。

甦り

主日礼拝

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌298番
讃美歌142番
讃美歌380番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 107編1-9節 (旧約聖書947ページ)

107:1 「恵み深い主に感謝せよ/慈しみはとこしえに」と
107:2 主に贖われた人々は唱えよ。主は苦しめる者の手から彼らを贖い
107:3 国々の中から集めてくださった/東から西から、北から南から。
107:4 彼らは、荒れ野で迷い/砂漠で人の住む町への道を見失った。
107:5 飢え、渇き、魂は衰え果てた。
107:6 苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと/主は彼らを苦しみから救ってくださった。
107:7 主はまっすぐな道に彼らを導き/人の住む町に向かわせてくださった。
107:8 主に感謝せよ。主は慈しみ深く/人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
107:9 主は渇いた魂を飽かせ/飢えた魂を良いもので満たしてくださった。

新約聖書:マルコによる福音書 16章1-8節 (新約聖書97ページ)

◆復活する

16:1 安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。
16:2 そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。
16:3 彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。
16:4 ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。
16:5 墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。
16:6 若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。
16:7 さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」
16:8 婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。

《説教》『甦り』

キリスト者の信仰の中心は、言うまでもなく、主イエス・キリストが十字架の上で私たちの罪の身代わりとして殺され、三日目に死より復活されたという事実にあるのです。これはキリスト教信仰の土台です。「これが真実かどうか」とか、「聖書に書かれていることは事実ではない」といった議論は自由ですが、「信じられないなら、それは信仰がない」と言われてしまうことなのです。使徒パウロは、コリントの信徒への手紙 第一 15章14節で、「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなた方の信仰も無駄です。」、そして、17節で「キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。」と言っています。

キリスト教信仰は主イエス・キリストの「十字架」と「復活」を自分のものと信じることです。これを信じない、信じられない人はキリスト教信者ではないのです。

私たちを救われる神の愛は、御子キリストの復活によって、その御計画を大きく進められました。主イエスが死から甦った復活は、単なる肉体の死の否定ではなく、偉大な神の力の誇示でもありません。復活とは、罪の赦しの宣言であり、永遠の生命を与える神の約束の実現であり、神と共に生きる人間の最終的な希望そのものなのです。

聖書は、この驚くべき出来事を、二千年の時を超えて告げており、決して忘れてはならない新しい時代の始まりを、語り続けて来ました。それ故に、現代に生きる私たちもまた、常に、あの日の朝の驚きの中に立ち戻らなければなりません。

安息日の前日の金曜日の夕方近く、午後三時頃に息を引き取られた主イエスの最期の時まで十字架のもとに残っていた女性たちは、日没と共に始まる土曜日の安息日のために大急ぎで墓へ納められ、充分な葬りの処置をすることが出来ませんでした。ペトロをはじめとする弟子たちがすべて逃げ去ったにもかかわらず、最期まで付き従っていたの彼女たちにとって、主イエスの埋葬の翌日のこの土曜日の安息日ほど長い一日はなかったでしょう。

主イエスの葬られた翌日の土曜日の安息日も日没とともに終わり、3日目の日曜日となり、厳しい戒めから解放され、ようやく開いた店に行き香料を買い求めました。しかし、土曜日の安息日の終わりは同時に夜となってしまい、暗い墓へ行くことも出来ず、日曜日の夜明けを待たなければなりませんでした。

安息日は、神と共に生きる者にとって、信仰の確かさを確認する日でした。安息日とは、決して休養の日ではなく、神に近づくことが求められる日でした。しかし、神が与えて下さった「安息日の定めのため」に主イエスから引き離され、奉仕する志しを持ちながらも近づくことさえ許されなかった「この一日」こそ、古い時代の姿そのものであったと言えましょう。

しかし、女性たちが目指していたことは、あくまでも「遺体の処置」であり、「死者を葬る作業」に過ぎませんでした。死者を葬ること、生と死は越えることの出来ない淵で遮られており、それはただ別れを告げるためだけであり、肉体を土に帰すための作業でしかなく、人が悲しみながら繰り返して来た、「あきらめ」の作業でしかなかったのです。

そんな悲しみの想いの中で、彼女たちは、ひたすらに夜明けを待っていました。他の誰よりも夜明けを待ち、そしてその夜明けが、彼女たちの想いを遥かに超え、神に顧みられた人間の新しい出発の日となるのです。

「週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐに」。おそらく一睡も出来ず、夜の終わりを待ちかねて、誰よりも早く夜明けの墓場に急ぎました。主イエスを納めた墓は、金持ちのユダヤ最高法院の議員でもあるアリマタヤのヨセフが、自分のために用意した墓でした。

現在でも残っている多くの墓のように、岩壁に掘られた横穴式のものであり、中は広く、何人もの人が入れる部屋が二つ以上あった筈です。入り口は、巨大な円盤状の石を、溝にそって転がして閉めるようになっていました。

主イエスの十字架の金曜日の夕方、閉じられた墓の入り口を最後に見届けたのは彼女たち自身でした。女性の力で開くようなものでない「墓の入り口の大石をどうしたらよいのか」と話し合っているのです。いったい誰に開けてもらうつもりで来たのでしょうか。確かに先のことを考えない行動と言えるでしょう。

しかし、ここで大切なのは、「福音の知らせに真っ先に与ったのは彼女たちであった」という事実です。深く考えるあまり、一向に腰を上げない人よりは、その「ひたむきさ」において、はるかに勝っていたと言うべきでしょう。

4節には「目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった」とあります。「目を上げる」とは、「自分の心を見つめる」ことから「神を仰ぐこと」を意味します。自分ではどうにもならないことにこだわり、その内に留まり続けるのではなく、問題は問題として意識しながら、まず何よりも「神に目を向けること」が必要なのです

「石は既にわきへ転がしてあった」。これが、自分たちの力では動かせないとの判断を捨て、ただ主イエスに仕えることしか考えなかった彼女たちに対する「神の答」でした。

「石は既にわきへ転がしてあった」。私たちの力に余ることは、神御自身が力を貸して下さるのです。主のもとへ急ぐ人間の前に、神御自身が道を開かれるのです。

彼女たちは、この朝、夜明けを待ちかねて、誰よりも早く墓に来ました。

しかし、ここに主イエスの甦りは「もっと早かった」と告げられているのです。人間のどんな行動よりも、主なる神の行動はさらに早いのです。

しかも、「墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた」(5節)と記されています。「墓の中で待っている方」がそこに居られたのです。主なる神は、誰よりも早く来た人よりも、「もっと早く」から待っておられたのです。それ故に、この日の夜明けを誰よりも待ち望んだのは、神御自身であったのです。

白い長い衣を着た御使いは、「あの方は復活なさって、ここにはおれない。」と彼女たちに告げました。これが、甦りを信じられないすべての人間に対する神の回答です。

甦りを信じない人は沢山います。コリントの信徒への手紙でパウロが述べているように、初代教会の時代から、「死人の甦り」を嘲笑う人々はすでに数多くいました。

「復活など昔の人の幼稚な迷信だ」と言う人がいます。「現代の人間に復活など語っても無駄だ」と言う人がいます。しかし、遠い二千年の昔でも、死者の甦りは「あり得ないこと」でありました。現代と同じように、復活は人間の常識の外にあり、弟子たちでさえ誰一人として信じていなかったのです。復活を否定することによって、主イエス・キリストを永遠に墓の中に閉じ込めておこうとする人々で何時の時代も満ちているのです。

主イエス・キリストの復活は、議論の対象ではなく、まして、私たちの考えの延長にあるものではなく、その是非を私たちが判断するというようなものではありません。

私たちは、神が御心のままに成されたキリストの出来事の跡を追うだけであり、キリストが復活され、死を征服されたという事実から、それを信じ従うことから信仰は始まるのです。

更に、主イエスの復活のメッセージが、「ガリラヤへ行け」という命令に結び付けられていることにも注目すべきでしょう。

ガリラヤは、神御自身が選ばれて主イエス・キリストとして福音宣教を開始されたところであり、弟子たちが召されたところです。復活の福音宣教もまた「ガリラヤから始めなければならない」ということは、神の御計画は初めから少しも変わっていないということを示しているのです。この、「ガリラヤへ行け」という命令は、ただ単に、主イエスに再会するために行くのではなく、神の御業のための「働きの場」へ赴く伝道命令なのです。

そして、主イエスが先にガリラヤへ行き、待っておられるということは、復活の主イエスが、私たちの働きの場にも先立って行かれることを示していると言えるでしょう。主イエスは、私たちに、沈黙や、虚しく時を待つのではなく、神の御業に仕える新しい希望と勇気を与えられるのです。

これが2節「週の初めの日」に起こった出来事であり、それは、天地創造の再来の日であり、神が全世界に秩序をお与えになり、人間の歴史を変える歩みがこの日に始まったのです。主イエス・キリストの復活こそ「新しい創造の日」なのです。

神の信頼を破り、創造の秩序を損なって来た人間の罪が、ここに赦され、再び、神を神とし、造られた者が神の眼差しの前で生きることを喜べる「本来の姿」が回復されたのです。

キリスト教信仰の最も重要な教えの一つは主イエス・キリストの復活なのです。主イエス復活の事実は、初代教会時代の初代説教者たちによる、「使徒言行録」に記されている13回の説教のうち、11回までが復活を中心とした説教です。そこでは主イエスの復活を論争の余地のない事実として伝えているのです。これらの説教者は、主イエスが確かに復活されたこと、従って主を信じ従う者もまた、復活することを確信していました(使2:23‐24、17:31)。

主イエスは復活の後、40日の間、弟子たちに姿を現されました。この復活の裏づけとなるのは、四福音書全てに書かれ、コリントの信徒への手紙にも記された合計で10回に亘る復活の主イエスが人々の目に見える形で現れた物語です。また主イエス復活の証人の人数が多いことや、十字架で死なれた主イエスを見捨てるように逃げ去った弟子たちが主イエスの復活を知るや、大胆に福音を語り始めるといった大きな変化が起きたことも復活を証明していると言えましょう。

加えて、それまで土曜日の安息日を堅く守っていたユダヤ人の弟子たちが、なぜ日曜日の主の日を守り、聖餐を祝うようになったのか。ユダヤ教から別れた初代教会が、礼拝の日を、土曜日の安息日から「週の初めの日・日曜日」に変えたこれらのことはみな主イエスの復活があったからこそ行われるようになったと考えられます。

キリスト者とは、この新しい世界に生かされていることを告白する者のことであり、それ故に、週の初めの日の礼拝を固く守っているのです。

主イエスの墓を早朝に訪ねた女性たちと同じように、私たちもまた深く考えない者かもしれません。大きな問題を抱え、解決の道も知らないままに集まって来た者と言えるかもしれません。

しかし、今ここで、「目を上げて見よう」ではありませんか。主なる神は、主イエス・キリストによって、すべてを備えて下さっているのです。墓を塞ぐ大石は既に取り除かれ、道は開かれています。そして、その開かれた道は、死の世界へではなく、死にさえ勝利された、主イエス・キリストと共に生きる世界へと通じているのです。

お一人でも多くの方々、取り分けご主人や友人・知人の方々の上に、主イエス・キリストの十字架の救いの御業と復活によって新しく生きる道がありますよう、お祈りを致します。

別離

主日礼拝説教

齋藤 正 牧師

《賛美歌》

讃美歌301番
讃美歌217番
讃美歌453番

《聖書箇所》

旧約聖書:詩編 88編14-19節 (旧約聖書925ページ)

88:14 主よ、わたしはあなたに叫びます。朝ごとに祈りは御前に向かいます。
88:15 主よ、なぜわたしの魂を突き放し/なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか。
88:16 わたしは若い時から苦しんで来ました。今は、死を待ちます。あなたの怒りを身に負い、絶えようとしています。
88:17 あなたの憤りがわたしを圧倒し/あなたを恐れてわたしは滅びます。
88:18 それは大水のように/絶え間なくわたしの周りに渦巻き/いっせいに襲いかかります。
88:19 愛する者も友も/あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです。

新約聖書:マルコによる福音書 15章42-47節 (新約聖書96ページ)

◆墓に葬られる

15:42 既に夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、
15:43 アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。
15:44 ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねた。
15:45 そして、百人隊長に確かめたうえ、遺体をヨセフに下げ渡した。
15:46 ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。
15:47 マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた。

《説教》『別離』

紀元30年、ユダヤ暦のニサンの月、現代の太陽暦で3~4月に当たりますが、そのユダヤ暦ニサンの月14日も夕方に近づきました。ユダヤの一日は日没から日没までとされていましたので、まもなく日が暮れ、土曜日、即ち、安息日になってしまいます。あらゆる作業が禁止される安息日になる日没前の短い時間に大急ぎでなされたのが、主イエスの埋葬でした。

主イエスの埋葬は、十字架と復活の間にあり、あまり注目されていないと言えるでしょう。しかしながら、私たちが毎週の主日礼拝で告白している使徒信条には、「死にて葬られ」との一節があり、主イエスの埋葬は、単なる「十字架の後片付け」ではなく、十字架と復活の間にあるものでもありません。主イエスの埋葬は、私たちが改めて見つめなければならない重要な信仰の一部なのです。

14章2節によれば、祭司長たちは、主イエスを捕え殺害するための策略を計りながら「祭りの間はやめておこう」と計画の延期を決めました。祭りのために集まる大勢の人々による混乱を恐れたからです。しかし、ヨハネ福音書13章1節によれば、イエス御自身が、既に祭りの前に、「十字架はこの時である」と、はっきり認識しておられていたことを記しています。そして、大祭司への通報をためらっているイスカリオテのユダに、主イエスご自身が「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」(ヨハネ福音書 13章27節)と、おっしゃいました。

このイスカリオテのユダの密告によって、祭司長たちによる主イエスの殺害計画の延期は急遽変更になり、その夜のうちに主イエスの逮捕、裁判へと進んだことを、私たちは既に見て来ました。すべての事柄は主なる神の御心のうちにあり、神の御計画は、御子イエスの主導権の下に進められて行ったのです。

そして主イエスは、御自身の十字架を、かつてのイスラエルの民のエジプト脱出の夜の出来事と結びつけて、自ら「犠牲の小羊」となり、血を流すことによって私たちの罪の身代わりとなられようとされているのです。

ヘブライ書2章9節にあるように、主イエスが私たちのために選び取られた道は、「死の苦しみ」で、その結果は墓でした。死ぬべき人間としてもこの世に来られた主イエスが人としての最後で最大の死という苦難を、すべての人のために死さえも味わわれたのでした。主イエスもまた、単に一人の会葬者としてではなく、まさに死んだ人としてそこに置かれていたのであり、45節にあるように、主イエスが本当に死なれたからこそ、多くの人々のためにご自分の生命を与えることができるのでした。たしかに彼は死んだのです。十字架上で主イエスが息を引き取られた午後三時とは、エルサレム神殿では過越祭の犠牲の小羊を献げる時間であり、人が造った神殿で小羊が次から次へと屠られて行く時に、神の小羊主イエスは死に渡されたのです。これこそが、御子キリストが十字架によって示されたことでした。

主イエスの十字架の上での最後の、そして唯一のお言葉は、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」でした。その意味は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」です。それは文字通り、父なる神に見捨てられてしまったという絶望の言葉なのです。主イエス・キリストは、神に見捨てられた絶望の内に死なれたのです。だからこそ、主イエスの十字架の死は、同じ絶望の闇に閉ざされてしまう私たちの救いとなるのです。主イエスの十字架の死という出来事の徹底的な暗さを見つめることが大切なのです。

先程司式者によって、旧約聖書詩編第88編が朗読されました。これは詩編の中で最も暗い詩編と言えましょう。15節に「主よ、なぜわたしの魂を突き放し、なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか」とあります。この問いは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という主イエスの十字架上での叫びと重なるものです。また16-17節にはこうあります。「わたしは若い時から苦しんで来ました。今は、死を待ちます。あなたの怒りを身に負い、絶えようとしています。あなたの憤りがわたしを圧倒し、あなたを恐れてわたしは滅びます」。ここも、主なる神の怒り、憤りの下で自分は滅ぼされようとしているという絶望を語っています。そして最後の18-19節においては「それは大水のように絶え間なくわたしの周りに渦巻き、いっせいに襲いかかります。愛する者も友も、あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです」とこの詩編がしめくくられています。光の全く見えない暗闇に閉ざされたまま、この詩編は終わっているのです。何とも救いのない絶望的な詩編であり、私たちは聖書の中にこのような詩編があることを不可解に思ったりもします。けれども、私たちは時として、まさにこの詩編のような暗闇、絶望に陥ることがあります。「今、わたしに親しいのは暗闇だけです」と終わっているこの詩編はまさに今を生きる私たちの思い、私たちのことだ、と感じられるときがあるのです。主イエスの十字架を覆っているのもこの詩編と同じ暗闇です。主イエスもまた、「主よ、なぜわたしの魂を突き放し、なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか」と叫び、「愛する者も友も、あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです」という絶望の中で死なれたのです。その暗闇の深さゆえに、主イエスの十字架の死は、苦しみ、悲しみ、絶望の中にあり、光を見出せない暗闇に閉ざされている私たちにとって、まさに自分たちのこと、身近なことなのです。

先程も触れましたが、私たちが主日礼拝毎に告白している使徒信条には、主イエスが「苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ」と語られています。「葬られた」ことを抜きにして主イエスの受難、十字架の苦しみを見つめることはできない、と使徒信条は語っているのです。主イエスが墓に葬られたことは、私たちの信仰においてとても大切なことなのです。だから四つの福音書全てが主イエスの埋葬を語っているのです。では、主イエスが墓に葬られたことは私たちの信仰においてどのような意味を持っているのでしょうか。

先程の、詩編88編の作者が本当に深い苦しみの中で、光の全く見えない暗闇に閉ざされた絶望を体験している、まさにそれと同じことを、主イエスは十字架の死と、墓に葬られたことで体験されたのです。主イエスが墓に葬られたからこそ、この詩編が語っている暗闇が主イエスを覆い尽くしたと言うことができるのです。神に見捨てられ、その怒りによって滅ぼされ、もはや神とのつながりを断たれてしまう、その全く光の見えない絶望の闇の中に、主イエスご自身が身を置かれたのです。別の言い方をすれば、「十字架に架けられたキリストが、自分自身の姿である」ことを、誰一人として理解できないままに、絶望の一日は終わろうとしていました。この一日の締めくくりを、アリマタヤのヨセフとニコデモが担ったのです。

アリマタヤは、エルサレム北方32キロの町でした。ヨセフは、ガリラヤ以来の主イエスの古い弟子ではありませんでしたが、「身分の高い議員で神の国を待ち望んでいた」と記され、ルカ福音書では「善良で正しい人と呼ばれ」そこでも「神の国を待ち望んでいた」と記されているので、熱心な弟子の一人であったと思われます。

しかし、それなら、主イエスの裁判の夜、ユダヤ最高法院サンヘドリンが満場一致で主イエスの死刑を宣告した時、「有力な議員ヨセフ」は、何処にいたのでしようか。主イエスが鞭打たれ、ゴルゴタまで引かれて行く間、ヨセフは何処で何をしていたのでしようか。

ヨハネ福音書は、「ユダヤ人たちを恐れて、弟子であることを隠していた」と、ヨセフのことを記しています(ヨハ19:38)。ヨセフは、他の弟子たちと同様に信仰を「公けに」できなかったのです。裁判の時も、おそらく欠席していたのでしょう。つまり、自分の社会的地位と生命を賭けて主イエスの十字架に反対する勇気がなかったのです。

埋葬に協力した同じ議員のニコデモも同様で、自分の立場を明確にすることが出来ず、以前、主イエスを訪れた時にも、「人目を避けて、夜、こっそり訪ねる」ことしか出来ませんでした。

遺体の引き取りを願い出たアリマタヤのヨセフ、没薬と沈香を持参したニコデモ、意外にも、この二人が主イエスの遺体を引き取り亜麻布にくるみ、墓に納めたと聖書は記しています。このような状況の中で、主イエスの遺体の引き取りを願い出るということは、大変なことであったでしょう。それは、死刑囚である主イエスとの関わりを公然と認め、自分の立場を明確にすることでした。二度と後戻りすることが出来ない道に踏み出すことでした。人目をはばかり、最高法院では何もできなかったこの男たちに、何故このような勇気が湧いて来たのでしょうか。

主イエスの死が、この二人の男たちに新しい決断を促したと言うほかはないでしょう。一人の人間の死は、しばしば、優柔不断の人間に決断の力を与えると言われます。死に直面した人間の厳しさが、後に残された者に力を与え、その人を変えるということは珍しくないのです。

一人の人間の死でさえそうであるならば、神の御子の死においては猶更でしょう。

御子キリストの死が、二人の男の「平凡な生涯を送る夢」を打ち砕いてしまったと言えるでしょう。これまでの、ヨセフやニコデモの社会的な体面を保つことが、罪の下に生きる人間の宿命であったと言うならば、この変化に、新しい時代の始まりを見ることが出来るでしょう。主イエスの埋葬において、早くも「何か」が起こっているのです。

主イエスの埋葬の場面は、復活の場面への備えとなっています。四つの福音書全てに埋葬のことが語られているのはそのためと言えるでしょう。墓に葬られた主イエスは、父なる神によって復活し、その墓から、死と闇の支配から、神に見捨てられ滅ぼされる絶望から、解放されたのです。そこに、私たちは私たち自身の救いの希望を見出すのです。

説教に私事を持ち込むことは、避けなければならない大切なことですが、今日の主イエスの埋葬に近い体験を夏休みにさせられました。北アルプス最高峰の標高3,190mの奥穂高岳に登頂したところまでは順調でしたが、下山に掛かった辺りで急速な高山病による「肺水腫」となり、2時間弱で下れるその下山コースを10時間も掛かり、翌朝長野県警の山岳救助のヘリコプターで松本市内の救急救命病院に緊急入院しました。人工呼吸器を気管挿入し4日間は全く意識なく生死の間を彷徨っていました。その意識不明の間も夢と言うか幻と言うか、目の前に何も喋らないのに明らかにイエス様と分かる人物が現れ、日本語さえも自由に操って、私の目の前に大きなパソコン画面を開いて、私自身が普段から良く知っているみ言葉や説教の原稿を次々と表示されながら細かく指導されるのです。その際に、私自身がそのパソコン画面の原稿に更に手を加えようとすると、何とマウスもキーボードも手元になく、修正しようとして、どうあがいても修正出来ずに、少しイライラしてしまいました。こんな不自由な病院のベッドではなく、「天の御国」で細かく教えを頂こうとイエス様にお願いすると「まだ来るには早い!」と随分とハッキリと断られてしまいました。

この夢・幻は、4日間の生死の境から意識が戻って、医者から「今日は何日か、分かりますか?」と聞かれても頭がボーとして答えられず、筋肉が弱って立ち上がることが出来ない後も、妙に鮮明に記憶に残っていました。

臨死体験などと大袈裟な話はしませんが、死の淵を彷徨う時にあってもイエス様が極めて身近で親しい以上に密接に共に傍らにいてくださるのは、キリスト者にとって最も幸いなことと確信出来ました。

お一人でも多くの方々とイエス様の救いの恵みに与り、イエス様と共に生きる喜びの中を歩み続けたいものです。

お祈りを致します。